話題に上るのは犬になりがちだけれど、我が家には代々猫もいる。
今いる猫は、又三郎という名だ。
その前がジョバンニ。
宮沢賢治シリーズだ。
ジョバンニのいる頃、友人のお家に家族として迎え入れられる子猫を
しっかりするまでと預かっていたことがある。
乳母家族の特権で名前をつけさせて貰った。
カムパネルラ 当然のことのように決まった。
今思うと、さぞかし呼びにくく、迷惑な話だったと思う。
又三郎は殆どの場合、又さんと縮めて呼ぶことが多い。
どこか職人気質の親父さんみたいな感じだ。
結構それも気に入っているのか、いつも上機嫌な返事をする。
又三郎ぐらいで、又さんと縮めて呼んでいる私は
又さんと呼ぶ度に、カムパネルラ・・・と心で言ってみずにはおれないでいる。
2011年3月4日金曜日
2011年3月3日木曜日
愛情のサンドイッチ
大事に抱え込まれているのは、お店の上の階のお姉さんにディズニーランドの
お土産にと、あごのせにどうぞと頂いたぬいぐるみ。
あごをのせたり、抱え込んだり、枕にしたりと大切に使っている。
服は私が手縫いで仕上げたものをプレゼントした。
こうして今日の犬は、ぶり返した寒さに負けない温かい愛情に下からも上からも
包まれて何だかおかしな顔つきで1日の仕事を終えようとしてい・・・
完全に終えたようだ。
完全に終えたようだ。
私は今日のこのブログのタイトルが、愛情のサンドイッチかサンドウィッチかで
悩み、サンドウィッチは何だか気取っているようで恥ずかしいと思った。
悩み、サンドウィッチは何だか気取っているようで恥ずかしいと思った。
こんなウィッチごときを恥ずかしいと思いながら、服を着ている犬に目が行き
恥ずかしいとも言わず、いやがりもせず、手縫いの服を着ている犬を
健気で愛しいと思った。
そして多分、横にいることだけで健気で愛しいと思ったんだろうと思う。
こんななんでもないことが、犬がいることの幸せだと思う。
犬がいる幸せなんだと思う。
2011年2月27日日曜日
気だ!
仕事が終わってから、車で15分程の距離にある武道館に
仕事仲間3人で合気道を習いに行っていたことがある。
若い女であることだけを理由に、護身の為にと行っていた。
傍目には、女ではあっても何の心配もないことは一目瞭然で
しかも、日頃から大型犬を1人でも抱き上げるのだから
そこそこ腕っぷしも良かったのだ。
そして若いというのも自己申告制でだ。
相手の力というか、これこそ相手の気なのだが、
それを見事に利用してこちらは何の力も入れず、するっとかわして相手を倒すという
見事な技を習得するべく毎日が充実していた。
最終目標は、気だけで相手を倒すというもの。
今から思うと、本気でそこまで到達するつもりでいたのだから
やっぱり若かったのだと思う。
背後からこう来られたらこうする。
腕をこう取られたらこうする。
こうしてその度に見事にやっつけていたもんだ。
家に帰り、自慢げに家族に披露する。
倒れるどころか、こっちが痛くて仕方がない。
背後から来るにしても、腕を取るにしても
家族はどうするかがわかっていない。
私と一緒に習いに行けば襲い方もわかろうってもんだ。
と思ったもんだ。
やっぱり、かなり若かったのだと思う。
あんなこんなでという程多くの理由もないのだが
程無く止めてしまった。
上達する人とでは心根が違う。
本当に申し訳ない3人組だったと、今も時々思う。
時々思い出すのには理由がある。
1つは、正座して礼をするのが綺麗だと褒められたこと。
褒められて嬉しかったので、何かで正座するとどうしてもやってみたくなる、
そういう瞬間だ。
そして、もっと頻繁に思い出す理由。
例えば、大勢の人の流れがあるにも関わらず
自分は直角の方向に行かないといけない時。
車線変更する車だらけの中で自分も2車線変更をすると決めた時。
こんな時に、あの時に 気の合気道を習っていて良かったと思う。
とにかく、私は行くのだ。
なにがなんでもぱぱっと行く。
この時 気を飛ばす。
己の気を飛ばして他の気を寄せ付けない。
こうして、まぁまぁとではあるがどうにか目的地に辿り着く。
ただ私、この時何故か音楽が必要で、
気を出す為に必要なのか、音楽の力90%なのかがわからない。
ダン ダダダ ダン ダダダ ダン ダダダダダダダダダ ダン
そう! 水戸黄門である。
うちの新人トリマーに
運転時の難関にはこのイントロで立ち向かえと伝授したのは昨日だった。
2011年2月21日月曜日
聖徳太子様へ
昨日、従妹からメールが来ました。
お天気が良かったので、どうやら歩くことを目的に出かけたようです。
メールが届いたのは聖徳太子のお墓から。
ここが目的地だったのかは聞いていませんが、目的が一気に嘘っぽい。
お墓の写真付きで送られてきました。
聖徳太子に手を合わせながら
「 いつもお世話になりましてとは言えません 」 と言ったようです。
こんなケンカ腰で逆鱗にふれたらどうするつもりなんでしょう。
同行者も 「 ご縁がありませんで・・・ 」 と言っていたとか。
ここに写真をお見せしないのもご機嫌を損ねたくない故のことです。
でも、行くなら行くで先に声をかけてくれればいいのにとマジで思います。
うちの地図と道順の説明を書いたものと一緒に
手紙を言付けたかったです。
「 中々お越し頂けないので、もしやと思い地図を同封致します。
お立ち寄り頂ければどんなに心待ちにしていたかもお分かり頂けると
思います。
必ず、必ずお越下さい。
そして、すぐにはお帰りにならないで下さい。 かしこ 」
2011年2月20日日曜日
アスリート犬違う!
犬が寝ている。
手足を伸ばして寝ている。
手足の先が少しだけ、横に座る私の太ももに触れている。
最近こうしてお互いを邪魔にならない程度、
でもお互いを確認できる程度の距離感で
帰ってからの時間を過ごしている。
まぁ、私的にはいい関係と言えなくもない。
一昨日もこういった距離感でもって、お互い自分の時間を過ごしていた。
私は本を読んでいた。
犬はいつものようにほんの少しだけ私に触れながら
いつものように寝ていた。
犬は夢の中で走り出した。
海岸を楽しげに走る恋人たちのように・・・。
「 あははは 」 「 あははは 」 口元はだらしなく揺れていた。
しばらくして、本が読めなくなった。
私の身体が揺れていた。
私にあたる足先は走るほどに力強さを増していく。
犬は海岸とも恋人とも別れを告げ、マラソンに生きる選択をしたようだ。
かなりの距離を走りこんだ後、走って来た道を振り返り白目をむいた。
犬は走るということだけに甘んじてはいなかった。
アスリート犬はトライアスロンに挑戦すべく、自らを過酷なまでに追い込んでいった。
私は正座をし、犬を見守った。
犬は泳ぎ、自転車に乗り、走り、 大変な様子だ。
私は心配になり、リタイアさせようと決心し、身体を揺すった。
2度目のスイム中だったのか、波と思い込んでか頑張るつもりだ。
手足をどうしても止めないのだ。
こうなったら仕方無い。
頭を持ち上げ揺すってみた。
大きく揺すってみた。
えーーーーーっ!
大波を待ち構えるサーファー犬になっていた。
犬は自分に 酔っていた・・・。
私は急に不安になり、何がなんでも目覚めさせねばとあせりだした。
アスリート犬でもサーファー犬でもない。
きみはただの低血圧犬なんだ!
耳をめくり、口をつけて名前を呼んだ。
不安はいささか大きめの声を出させた。
一気に犬は目覚め、それと同時に非難と困惑の目で私を見つめた。
「 何ーーーーーっ!? 私から逃げてたっていうつもり違うやろうねーっ!? 」
手足を伸ばして寝ている。
手足の先が少しだけ、横に座る私の太ももに触れている。
最近こうしてお互いを邪魔にならない程度、
でもお互いを確認できる程度の距離感で
帰ってからの時間を過ごしている。
まぁ、私的にはいい関係と言えなくもない。
一昨日もこういった距離感でもって、お互い自分の時間を過ごしていた。
私は本を読んでいた。
犬はいつものようにほんの少しだけ私に触れながら
いつものように寝ていた。
犬は夢の中で走り出した。
海岸を楽しげに走る恋人たちのように・・・。
「 あははは 」 「 あははは 」 口元はだらしなく揺れていた。
しばらくして、本が読めなくなった。
私の身体が揺れていた。
私にあたる足先は走るほどに力強さを増していく。
犬は海岸とも恋人とも別れを告げ、マラソンに生きる選択をしたようだ。
かなりの距離を走りこんだ後、走って来た道を振り返り白目をむいた。
犬は走るということだけに甘んじてはいなかった。
アスリート犬はトライアスロンに挑戦すべく、自らを過酷なまでに追い込んでいった。
私は正座をし、犬を見守った。
犬は泳ぎ、自転車に乗り、走り、 大変な様子だ。
私は心配になり、リタイアさせようと決心し、身体を揺すった。
2度目のスイム中だったのか、波と思い込んでか頑張るつもりだ。
手足をどうしても止めないのだ。
こうなったら仕方無い。
頭を持ち上げ揺すってみた。
大きく揺すってみた。
えーーーーーっ!
大波を待ち構えるサーファー犬になっていた。
犬は自分に 酔っていた・・・。
私は急に不安になり、何がなんでも目覚めさせねばとあせりだした。
アスリート犬でもサーファー犬でもない。
きみはただの低血圧犬なんだ!
耳をめくり、口をつけて名前を呼んだ。
不安はいささか大きめの声を出させた。
一気に犬は目覚め、それと同時に非難と困惑の目で私を見つめた。
「 何ーーーーーっ!? 私から逃げてたっていうつもり違うやろうねーっ!? 」
2011年2月16日水曜日
アレックスと私
「 アレックスと私 」 という本を昨夜買いました。
本屋さんで目にし、手に取ってそのまま胸に抱きました。
帯の表に
2007年9月、アレックスという名の天才ヨウム(オウム科)が
31歳の若さで亡くなった。
「鳥は 思考して話す」という驚愕の事実を証明してー。
これは女性科学者と鳥の、愛と苦悩と発見の記録である。
帯の裏に
アレックスの脳はくるみの殻ほどの大きさだ。
ペパーバーグ博士がアレックスとはじめて会った頃、鳥が人間のように考えて言葉を話すとは誰も信じていなかった。
しかしアレックスは バードブレイン という世界中の思い込みを覆した。
アレックスは足し算ができたし、モノの大きさや色や形を正確に理解していた。
それ以上に、科学とは無関係のところで、2人は感情的に結びついていた。
アレックスは博士が留守をすると寂しがった。
アレックスは博士が他のヨウムや人間と親しくすると嫉妬した。
アレックスはテストに飽きるとサボることもあったし、博士をからかったりもした。
30年にわたる2人の絆と冒険談は、「優れた科学的業績」だけでない、
大切な何かを私たちに教えてくれたー。
と書いてありました。
正確にいうと、科学の部分で興味をもったのでは無いのです。
それがいくら科学的に驚くようなことでも、
動物の心という部分で考えると、ちっとも驚くことではないと思っているから。
単純に31年という時の中で、どんな風に一緒だったのだろうと思いました。
犬や猫なら、どんなに長くても20年、しかもごく僅かにしか叶いません。
31年の時を一緒にいることがどういうことで
そしてその後お別れすることがどういうことか知りたくなりました。
そして何より、心が捕われてしまったのが この文字です。
「マタネ。愛シテル」 それが最期の言葉だった
「 マタネ。 」 って・・・・・ 私たちと同じようにあのコたちもやっぱり言ってるんです。
あのコたちが「マタネ」って言い
私たちも「またね」と言い
だから 約束は守らなければいけないって思います。
2011年2月14日月曜日
われら極限?
11日に続き本日14日、雪が降っていますここ大阪。 ( レポーター気取り )
午前中の雨が雪に変わったので、濡れている所になかなか雪は積もってはいきませんでしたが、降り続く雪はシャーベット状の上に少しずつ積もっていくようです。
明日の朝、凍結するのではないかと心配です。
心配なのはもう1つ。
私、雪の中を運転するのが苦手なんです。
フロントガラスに雪が当たると、息苦しくなるのです。
鼻や口に雪は入るものと決めているかのように、
向かって来る雪と私の間には、フロントガラスがあるにも関わらず、
無いことにしてしまうのが何故なのかは分りません。
雨なら平気なのに、雪は息が思うようにできません。
苦しいです。
かなり、しんどいです。
自分だけでも体力的にきつい状況にいながら、私にはもう1つ心配があります。
例の低血圧な犬です。
極度の寒がり犬です。
フリースのフード付きパーカーの上からダウンベストを着ていますが
本人は自分の肌か被毛として認識しているもようです。
雪や雨の冷たい朝は私が抱っこして、暖かくなった車に乗せます。
普通ならば、これ以上の何が必要でしょう?
はい、3枚の敷物の上に寒がり犬、寒がり犬の上にもまた毛布。
寒がり犬は、それでもガタガタ震え、歯をカチカチ鳴らします。
しばらくして私は毛布犬に言います。
「 寝るな。寝たら死ぬぞっ。頑張れ、もうすぐだぞっ。 」
その言ってる私も、息ができず苦しい状態。
店に到着した時点の達成感はわれら山男にしかわからんだろうな。
胸を張り、大きくうなずき喜びに打ち震える、どうころんでも震えっぱなし犬。
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