2012年1月12日木曜日

変な食べ方。

まだ一度も話題にしたことがないと思うのですが
うちの犬はフードの食べ方にこだわりというか
流儀というものがあります。

フード自体は普通のドライフードで
大きさは中粒です。
そしてそれをざざっと食器に入れている私には
何のこだわりもありません。

そもそも、犬の変な食べ方に気が付いたのは
一切顔を上げずに一心不乱に食べているようで
隙間から見えるフードの量が減っているように見えなかったのが
きっかけです。
それでも全く顔を上げずに口が動いているようなので
奇妙に思って、よくよく観察してみると
フードを口に入れ
拾った反対側の部分に吐き出しているのです。
黙々と少しずつくわえては吐き出す。
そんな風にしてから既にしばらく経っているので
食器にはフードが高く盛られた部分と
もう食器の底が見える部分に分かれていて、
そうこうしている間に半分は底が
見えてくるようになっていました。

これが済むとようやくお食事タイムです。
今度は盛られた所から底の見えている部分に
少しずつフードを崩し、
そして一粒ずつ食べるということをしています。

一粒ずつ食べる為には
周囲に他のフードがあれば邪魔ということです。

案外今までにもそういうコはいましたが
大抵の場合食器の外、床に2、3粒ポロリと吐き出す
というようなことをしていました。

フードも床も汚れないというのは
私にも犬にもお互いに良い選択がなされているわけですが
とにかく、まどろっこしいというのか
よく考えてみれば
ある意味、床に落とすよりも汚いということに
なっているわけです。

それで、一旦食器を斜めにして
フードを片側に寄せてから
あげるようにしているのですが
そうしたら、それはそれで
また厄介なこだわりができてしまいました。

しばらく食器を覗き込み
確実にどのフードを口に入れるか決めてから
食べるという最初の儀式が増えたのです。
それも一歩下がった所に座り、
しゃんとした背筋のままフードを見つめ
そしてそれからググっと頭を下げて
一粒のフードを決めるのに約10秒はかかります。

そんなにして、ようやく決めれたフードを
苦労しながら何度も顔の角度を変えてはそっとくわえ、
またしてようやく底の部分に置いてから食します。
後はどのフードでもいいのです。
とにかく最初が肝心らしいのです。

と言っても、決めたフードのとなりのフードってことも
あるのかもしれませんが
本人驚くほど真剣ですし、
間違いなどないってこともあるのかもです。

しかしまぁ
何であんな張り詰めた雰囲気が出せるのかってことです。
そこが妙に羨ましいんですけど。

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2012年1月9日月曜日

トイレに付き合っている時間

おかしなタイトルですが
どういうことかというと私が犬のトイレ、
散歩ではなく犬のトイレに要する時間、
一体どの程度お付き合いしているかという時間です。
はい、今日はヒマにしております。

おおよそではありますが
ざっと計算すると
少なく見積もっても
年間に一週間は排泄待ちをしておりました。
これは最近のことで
大家族であった全盛期、
そしてホテルでお預かりの多い時代を考えると
三週間にはなっていたのではないかと思います。

勿論、これだけの時間を付き合ってきた私ですから
それはもうベテランの域に達しておりまして
どう促せば良いのか、
どういう足場が好みなのか、
視線の合わせ具合から、
どう始末するのかまで
研究に研究を重ね、
大したところまでああしてこうなっているわけです。

《犬の性格と排泄との関係性及びライフスタイルからの考察》
いよいよです。
いよいよああしてこうなって、うっわぁ~~~
*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

2012年1月8日日曜日

危機的状況

カラスが鳴いている。
けたたましく鳴いている。
妙にけたたましいものだから
声の主が何処にいて
何をそんなに鳴く必要があるのだろうと
見上げてみると
近くの電柱にカラスはいた。
大騒ぎの原因はどうやら
その電柱からさほど遠くない電線にいる小鳥らしい。
スズメではない。
大きさも形も何だかちょっと違う。
セキセイインコだ。
うっわ 狙ってるってこと?
ドキドキしだした私をよそに
当のインコはそれが恐ろしい相手で
どんな運命が待ち構えているとも知らないで
楽しそうに飛びまわっている。

ハラハラ見つめる私の首の角度は約60度。
自然口が開かないとしたらおかしいだろう。

結局、インコのことをどう思ったのか
カラスは何処かへ飛んでいった。
カラスの視界に私が入っていたのだろうか。

どこかのお家から
出てしまったのだろうインコのことを考えると
ここは一つ家に来ないかと
そんなつもりで高く腕を伸ばしてみた。
勿論、ここに舞い降りておいでというつもりだ。

仁王立ちのおばさんが60度上向き、口半開きで腕を高く上げている。
そんな私を近くで見つめる子供がいた。
子供も60度上向き、口半開き。
子供に視線を向けると
子供の目には様々な感情が渦巻いているようだった。
子供に怪しいものではないと証明するつもりで
ほらインコがねっと指差す先では
すでに電線だけが揺れていた。

子供は走り去った。

危機的状況なのは私だけ。

2012年1月7日土曜日

一年の計は元旦に無しということで…

祖母と一緒に暮らしていた私は
古くからの風習を子供なりに大切にしてきた。
母もしっかりと受け継いでいる人だったので
祖母亡き後も変わることはなかった。
母の後を引き継ぎ、同じように頑張っていたものの
仕事との両立は私には至難の技で
こと年末年始にいたっては
悲惨、悲壮のなにものでもない。

思えば除夜の鐘の中、
新しい年を迎えたと同時に
新しい人間に生まれ変わることができると信じ
一から始めるつもりで心清らかな言動を
心掛けていた。
歳をとる度にどんどん新しい私期間は短縮され
今となっては
どうにもこうにも
どうあがこうと新しい私など
イリュージョンなみにあっという間に消滅する。
もってせいぜい三ヶ日。

そして今年。
とうとう年明けの瞬間も
元旦の朝も
一瞬たりとも新しい私は存在しなかった。

このぎっくり腰とどう折り合いをつけて
仕事をこなしていくかに全神経をもっていかれた私の
一年の計が元旦にあるならば
どう起き上がるかが最大のテーマ。

しかし、何か妙に説得力あるのよね。

2012年1月5日木曜日

求ム 友達

コインパーキングを出る時に
駐車券を指示された通りに入れたら
この駐車券は使えませんと
はっきりきっぱり機械に言われた。
びっくりだ。
使えないわけがない。
だってこの駐車券は向こう側の仲間の機械が
私にくれたものに間違いないもの。
ウソーッ だってこれくれたやんと言いながら
もう一度入れてみると
さっきのことは無かったかのように
サービス券か表示されている金額云々と
使えないと言ったことなど無かったかのように
先を急ぐ。
ほら、でしょう?
ごめんなさいでしょう?
と言ったら、
助手席にいた従妹が
私は機械とは喋れへんわ。と言う。
機械でそんなやったら人だとすごい文句言うの?
なんて聞いてくる。
人だったら、せいぜいびっくりしたくらいしか言わないと思う。
と答え、
機械が何であんなミスする?とか言ったけど
確かに私、コインパーキングの声とか
機械から発せられる声に
正直応えることが多い気がする。
はい、有難う。とか
わかってるから何回も言わんといて。とか
声が大きい。とか
はいはいわかっていますって。とか

これって、ちょっとどうよ?の感じ?


友達………つくろ……………………(^_^;)

2012年1月3日火曜日

再認識

二度目のぎっくり腰の翌日から
私の相棒犬ディーフは家でお留守番を
余儀なくされている。
ただ事でない空気を察知したのか
単に私の動きがキモコワイのか
身体の上に倒れこんでも嫌な顔一つせずに
もたれさせてくれる。
本当は優しいコなんだ。
小声でさえ、何か言うとすぐに従ってくれる。
本当は聞こえていたんだ。
家に帰ると公表するのははばかられるような
イタズラをしている。
本当はいくつになるんだ。

こうして出会って初めて
別々の所で呼吸して
再認識したことは
本当に変わった犬だということだ。
再認識にはふさわしくない
決定事項の強化に過ぎないけど。

ただ助手席がやたら広く
そのせいで車自体が大きく
空気も多いような
そんな気がする。
でもそれは不必要な空間だ。
空間は小さい方がいい。
空気も薄くていい。
何より私を見つめる不満そうな視線と
何かを確認するかのようなたまの温もりも
無いと私は自由過ぎる。
なんかフワフワして心許無い。
これは認識でも再認識でも何でもないけど。

再認識…
大きな存在
大切
私の中心
まったくもって 変な犬。