2012年4月10日火曜日

犬に寝違いはないのか?の第2弾 目に毛が入っているのに何故平気?

ということで、
私の素朴な疑問シリーズからの第2弾。

眼球に傷がつくと
当然のことながら、涙が多くなる。
目をシバシバするし、
普通には開けられない状態にだってなるし、
閉じたままで辛そうにだってなる。

私は自分自らの睫毛だって
それどころか服の繊維だかなんだか
光に透かして、ようやく存在が確認できる程度のものや
どうにかしたら
どうにもこうにも姿も所在もわからない程の
極限のひ弱なものにだって
完全に涙ポロポロで目は開けない。

なのにキミたちは
自分自身の硬い毛だろうが
例え、それが束になってかかってこようが
それで完全に視界が遮られていようが
全く持ってお構い無しに
ご機嫌でいられるのかが
本当に
本当に謎だ。


『 それしきのこと謎だなんて笑っちゃうね。
傷がついたわけじゃあるまいし
目ん玉に物がのったくらいのことで
ガタガタ騒ぎなさんな みっともない。
ましてや自分の毛とくりゃあ上等じゃねぇか。
こちとら伊達に全身毛に覆われちゃ
いませんぜ 旦那。』

うちの犬の言いそうなこと。

2012年4月7日土曜日

犬に寝違いはないのか?

高齢の犬が同じ姿勢のまま眠っていると
起き上がる時だとか動こうとする時に
その経験あるあると言いたくなるような
ぎこちない動きをよくするが
だからと言って、『 イタタタ 』とは言わない。

若い犬だって
その首の方向はおかしいだろ?とツッコミたくなる姿勢で
寝ていたりするが
やっぱり 『 イタタタ 』とは言わない。

イタタタどころか
何てったってスゴイのが
横向きの姿勢で寝ている時に
宙に頭を浮かせたまんまでいることだ。

眉間にシワ一つ無い涼しい顔して寝ていたりする。

まさに今、その状態のうちの犬。

感心していると、
頭を浮かせたまま私を見て
余裕の大あくびなんかもしてみせちゃったりしています。

調子にのっています。

2012年4月1日日曜日

分離不安による問題行動、あれから一年…。

Moonが私のそばからいなくなって一年が過ぎた。

一年前、私はMoonを母に託した。

亡くなった母はMoonを知らない。
だけど母がMoonを好きになるのも
Moonが母を好きになるのも
私にはわかっていたから
だから全然心配はしなかったし
今も心配はしていない。

問題は私の分離不安だけだと思う。
Moonの入院に伴い発生した問題は
そのまま続行する分離状態に不安は消えずで
大問題へと発展したが
年月と共に諦めるということも同時に学びつつある。
一年経って、ようやくこんな感じだ。

声がかれようが
リードが切れようが
物が壊れようが
どうにかしたら怪我をしようが
何がなんでもそばにいて欲しい、
そばにいたいと思う犬たち。
人が言う《分離不安による問題行動》は
あっても仕方がない。
私はキミたちを肯定する。
少なくとも否定する権限は私には無い。

共に暮らす月日の短さを思えば
問題などそこには無く、
家族冥利に尽きる愛情だと、私は思うのだ。

一年経って、こんな感じだ。

2012年3月28日水曜日

良いコ時々困ったコ

良いコと
困ったコ以外に
良いコ時々困ったコと
困ったコ時々良いコがいると思う。

後何々もあれば一時何々もあるだろうけど
後に悪くなるのも
一時悪くなるのも
納得させられる理由がありそうだ。

しかし、時々というのに関して言えば
理由がある時もあるが
無い時がとても多い。
気分的なものだとか
何かのスイッチがあるかのように
急にオンされてしまうことだってある。
うちの犬を見ていてそう感じる。

まぁ、勿論良いも悪いも人間サイドの基準であって
犬サイドでは全然違う評価があるのかもしれない。
落ち着きの無い様子や大声や
あり得ないものを口にしたりするのも
犬サイドでは何てカッコいい
憧れの振る舞いということだって
あるかもしれない。
あるだろう。

しかし、人間サイドでの評価でいくと
良いコが時々困ったコになるのと
困ったコが時々良いコになるのとではどちらが良いか
助手席にいる前者の犬を見て考えていた。

殆どの時間を良いコで過ごしてくれる方が
絶対に生活はラクだと思うし、
私もそこらへんは感謝している。
しかし、時々するあり得ない行為に
一体キミは何を考えているんだと落胆する。
犬は大きなマイナスポイントを獲得することになる。

それがこの反対で
普段困ったコが時々良いコになると
やればできるコと期待が膨らむ。
将来性をも加算したプラスポイントになる。

と、こんな感じで考えていて
気が付くと犬と見つめ合っていたようだ。

『 じゃ、後者に変えよか? 』と軽い調子で
犬の目が言った。

「 いえ前者で 」
不覚にも即答してしまった私の目。

素早く目をそらしたものの
それ以上のスピードで
『 そらそやろ 』と犬は言った。

2012年3月27日火曜日

このバトル、なにバトル?

お店のコになったアロハ。
トイプードルの女のコです。
ご来店頂いた方はご存知なのですが
主に、『 誰かきた~!!! 』 とか
『 誰か帰る~!!! 』 とかを
二階までも知らせる役目を買ってで
真剣に全力で日々任務を遂行中です。

このアロハさんとお客様のコーギーくんは
お互いを意識する仲。
と言うか、
互いを認めるや否や言葉のバトルが始まります。

明らかに他のコとは違う態度に出るのです。

思うに
恐らく
アロハが 『 ガキンチョ 』とからかい
『 ブス 』 と応酬したのが
事の始まりではないかと思うんです。

『 変なシッポ 』 と言われ
『 悔しいなら伸ばしてみなさいよ 』と反撃し
ついには『 短足 』とまで言ってしまったのでは
ないかとまで思えるわけです。

ある程度までやり合えば
全て出尽くし、
沈黙の後、見つめ合うパターンも有りや無しやです。

さてしかし、
これが一向に終わらないとすれば
それは、人間のおかしな所を言い合うゲーム。
だったら頷けませんか?

わかってます。
わかってますって。
普通は考えないです。
それ以前に
悪口の言い合いも
恋に発展するパターンも
普通は考えないです。
私だけですともわかってますとも。
でも何人かは頷いていますとも。

このゲーム
かなりの月日を遊びますよ、彼ら。
人間のこと、よ~く見てますからね。

とうとう、あなたも頷いちゃいましたね?
ベースはゲームしていたら…ですからね。

2012年3月25日日曜日

客観的に自分を見て。

恐ろしい。
おぞましい。

体重計に表示された数字に
数字並べ以上の意味を与えず、
鏡に映る自分の顔は
輪郭より内しか見ず、
窮屈になった服は
縮んだのだと布のせいにし、
姿見は仕舞い込み、
お店のガラスに映りそうになった全体像には
マッハで目を伏せ、
不意打ちで間に合わなかった時には
咄嗟に頭のてっぺんか足元に焦点を定め、
知らん顔して生き延びて来た私。

例の RICフェスタの模様の画像に写る自分の姿に
あ~私は終わっていると自覚した。

さすがに正面から見た自分がどんなだかは
薄々感じてはいたものの
横からは…… 絶句。
あれはない。

あの厚みのあるボディー。
前にも後ろにも、人が入っていたとしても自然、
全然おかしくない。
おかしいのはむしろ、私一人分だという方だ。

私一人であの厚み。

この期に及んでも
この厚みとは言わない。
言えない。
言わせない。


オーイ、遠藤さ~ん。
あなたがいつか言っていた
日本のお袋像に
きっとなれるわ私。

いえ、楽勝でなってしまったわ私。

2012年3月23日金曜日

大人の女性を夢見ていた頃
“雨の似合う女性” になりたいと思っていた。

内面から滲み出る雰囲気。
外見からも伺える雰囲気。
雰囲気は出すものではなく
そこはかとなく漂うものだから難しい。

(難しい。
なぁんてかしこまって言ってる時点で可笑しいって。)


“雨の似合う” とあっては
雰囲気あり過ぎで
無いものねだりも甚だしい。
と思い始めて、んー十年。

こんな話になったのは
今日は雨だからだ。

雨の日は髪がクルクルしだし、
あっちにこっちにと自由解散する。
早い話、お好み焼きの仕上げにのせられたかつお節
みたいなもんだ。

冷めた後のかつお節が
ヘナヘナになってへばりついているだけのように
一仕事終えた私の髪だって似たり寄ったりだ。


突然の雨。
そっと雨宿りする女性。
でも何だか止みそうな気配は無い。
仕方なく、コートの襟を立て雨の中に…
歩みはほんの僅かに速い程度だ。
綺麗な小走りができるなら、それも可だ。
そして、その後の行き先が肝心だ。
雨の似合う女性は静かでオシャレな場所に
向かわなければならない。


半目の猛ダッシュでお好み焼き屋さんに向かったのが私だ。
それだけのことだ。