2012年10月29日月曜日
UFOとコーヒーのシミ
中環を車で走っていた。
路上には50代後半の男の人。
空の一点を見上げたまま
微動だにされない姿。
まさに「 エッ!? あれは何だ!!!??? 」の最中だ。
とくれば、スーパーマンでなければUFOだ。
同じ空の一点を見て確認したい。
真横に立つ度胸はないけれど。
そして、車は流れて行く。
空港からさほど離れていないこの場所で
それはちょっとUFOも大胆過ぎるだろう。
レーダーとか飛行機とか問題多いし。
頭をよぎらせたのは
己をあきらめさせる手段だということが
わかってしまう己自身にはなんの説得力もない。
後ろ髪も頭部だけでは済まされない状態の中、
管制塔とコックピットに身をおきながら
現実には白いシャツにコーヒーの染みを1つ作り終えていた。
何で胸でなくてお腹にできてんのよ…。
口元に運んだカップと口元に出来る僅かな空間から
その染みまでの角度を検証しながら
背もたれの角度が広角だからだ叶姉妹じゃあるまいし。
と導き出した結論も説得力に欠ける。
背もたれの角度を鋭角にしたからって
何が変わるというのだ?
車から下りると
シミをつけたシャツがお腹出てます印
となってしまうと思う頃になってようやく
シミ、とれるかなぁと思い始めた。
遅っ…。
仮に胸についてたって、同じ位とること考えますよ。
言っておきますが…念のため。
2012年10月16日火曜日
ダメですね。
最後のブログから、
もう少しで1ヶ月だというのに文章が書けません。
毎日生活しているとそれなりに面白いこともありますし、
素直にニッとしています。
今日だって間違い電話がかかってきて
「 おたくで貰った薬が… 」と言われるので、
うちではお薬を出していないことを伝えました。
だけど
「 9月もおたくで貰っているやんおたくに間違いないのよそれでね… 」
と先を急がれます。
いえいえうちではないですよと説明するのですが
「 いやいやおたくで貰ってるんよいいからいいから… 」
と聞き入れて貰えません。
うちの電話番号を何度言ってもフンフンといわれるばかりで
ようやくかけられた番号を聞き出すのに成功してみると
最後の最後が間違っています。
やっぱりです。
うちの番号と1つ違うことを何度も説明した挙句に
言い放たれたのは
「 私はちゃんとかけたのに何でおたくが出るの?
おかしいわぁ 」でした。
大阪の先輩、さすがお見事でした。
あっ 書けました。
下記のことを書くと決めたから書けたのだと思います。
最後のブログに
文字通り自分のお尻を叩く必要に迫られるように
勢いよく仕事のことを書いたり、
いつもの馬鹿げたことを書いたりしたものですから
どちらも本当のことなんですが
勢いにはかなり無理があって
キオツケとヤスメみたいな内容を
2つ続けたことにも無理があって
グダグダしていない様子を取り繕ったことに
直ぐに気が付き
そして、ゆっくりと反省し始めたんです。
本当の自分の心は
あの時から今もずっとグダグダグズグズしています。
ディーフを書かずにいたら
又、キオツケとヤスメじゃないのかと
自分で思うと思います。
ディーフが居なくなったことは認めていません。
それでいいと開き直っています。
なのに、報告したばかりに現実味を帯びてきてしまい
正直後悔しています。
自分の口から出るディーフの話を自分の耳で聞いては
心から血が流れます。
こんな風なもので書けなくなっていました。
ディーフは今日も私と喧嘩しながら仕事しています。
こんな感じでやっていきます。
こんな感じでないとやっていけません。
申し訳ありませんが
こんな感じでお付き合い下さい。
2012年9月20日木曜日
素朴な疑問シリーズ第5、第6、第7弾一挙公開。
振り返ってみるとこの素朴な疑問、
第3弾が2つもありました。
素朴過ぎて自分でも数えとらんということでしょうか?
しかし、3ごときで数え損なう私は一体何なんでしょうか?
知らず知らず4を縁起が悪いと
とばす歳になっているからでしょうか?
いやいやこの3つで5、6、7弾ではありませんよ。
あくまで犬の男のコの話なので
そこのところはよろしくお願い致します。
お泊りでお預かりした時の男のコの大半に言えることですが
大抵の場合、朝一番のお散歩では
外でしかトイレをしないコはそれ相応にオシッコを我慢して
待ってくれています。
我慢していたかどうかわかるのは
最初の出る勢いと最終的にどれだけの量が出たかで大体予想はつきます。
あぁ、それなのにです。
結局用を足した場所は、そこら辺と何ら変わることのない
どうということもない場所。
にも関わらず、何のこだわりを持って
そこまで我慢に我慢を重ねてまで
場所の特定に無駄な時間を費やすのでしょう?
それでもって尚且つ、
そこまでの我慢を重ねて選りすぐった場所であるにも関わらず
全てを出し切ることなく
しかも、驚くべきことに
あの勢いの最中に、
何事もなかったかのように
ことも無げに
鼻歌交じりで
ピタッ‼ と止めることができるのが不思議でなりません。
後の残りは、あれだけのこだわりをかなぐり捨て
散々却下した場所ということも一切忘れて
極々適当、ちゃらんぽらんに済ませます。
最初が肝心の言葉は犬の排尿行為からできたのかと思うほどです。
お散歩の付き添いである私はガクッと肩が落ち
必ず「 何でなん? 」と声が出てしまいます。
答えが返ってきたためしがないので
私の疑問は永遠に疑問のままでしょう。
この場をお借りしてお願いできるならば
どうか1ヶ所で全て出し尽くしておくれという
ことです。
いや、私的にはとても真面目な話です。
すんごい大変だった8月の中、考えたこと。
先ずは8月がどう大変だったのかを説明するべきだとは
思うのですが
想定外の事態の上に想定外の事態が重なり
早朝から深夜まで休む間も無く動いていたような
そんな感じで、何が何やら無茶苦茶で
今となっては、大変だった苦労話よりは
そんな中から生まれた前向きな思いが大切なのだと思い
そこのところだけご報告したいと思います。
最終的には
仕事面においては想定外の事態も全てをチャンスと捉え
高齢犬のケア面をより充実させる体制をとることに決めました。
新たに仲間を得ることもできましたし、
何よりも求めて下さる方々に背中を押して頂いたような
そんな出来事が重なる不思議な体験もしました。
年をとった犬のことをみてくれる所が無い。
嫌がられる。
断られる。
こわがられる。
という声に対し
受ける側が確かに敬遠することを私も知りました。
落胆だけではない思いが残るものです。
うちのコならどうするか?
うちのコならこうしてあげたい。
こうするだろう。
ということを懸命にしたいと思います。
今となっては幸運にも看護士を経験し、
30年間どれだけのコの看護、介護をしてきたか数えられません。
経験で得たものは大きいです。
介護する側の人の気持ちも辛さもよくわかります。
犬を看ることと同時に人の支えも必要なのです。
疲れきった時に私の顔が浮かんだとお電話頂いたことは
大きな後押しになりました。
それから従来のトリミングと違う視点のトリミングもします。
弱った皮膚の状態の場合、シャンプー剤は勿論ですが
お湯の温度やドライヤーの温度、使うブラシやクシの素材にも
注意が必要です。
それに、爪の減り方、毛の切れ方、筋肉のつき方、
心臓、脈拍、血圧の状態、呼吸の仕方などで
気が付くことが沢山あります。
このことで、短期間に幾度も喜んで頂けることがありました。
これも大きな後押しでした。
1ヶ月ほどに、こんなに集中するのは今までには無く、
少し思いを話してみると、元気なコのお家の方なのに
有難うございますと仰って頂きました。
少し足が弱ってきたようで不安だったそうです。
より私らしいことを私らしくしていきたいと思います。
これが大変だった中で、少しずつ形を持ち始め、
並行して既にお預かりやデイケア、ケア美容をしてきています。
この内容をお配りする予定です。
その為に、もう少し時間と元気が必要な今の私です。
確かに甘ったれとります。
2012年9月18日火曜日
........無題
わたしの相棒、D.ph が逝きました。
逝くという文字を使いましたが
わたしの心にはその文字はありません。
特徴のあるとんがり頭のお骨を見て
あのコなんだと思ったはずが
現実味は全く無く
夢の中の出来事のような
そんな感覚が今は残っているだけです。
2007年6月の夜、
道路の真ん中を車の流れと逆走するという
およそあの犬には似つかわしくないような
そんな大胆な登場の仕方で
突然、目の前に現れたのがわたしの犬D.phです。
そして、今度は逆のパターンで
出掛けて行ってしまいました。
正直、車の助手席にも
家にも
仕事場にも
姿が見えないということは
絶望と恐怖をもたらします。
いないという空間の存在は
強烈な痛みを伴って
打ちのめしにかかってきます。
降参です。
出会ったあの日のように
今もどこかを歩いているような気がして
そして又突然目の前に現れてくれると願う毎日が
この先永遠に続くことになるのでしょう。
出会った時の運命の天秤の、
わたしではないもう一方には
野良となった犬が迎える最期を載っけていました。
そんなことが絶対に起こらないように
必ず見つけるという気持ちを
おさえることができません。
犬は人生の宝となりました。
あらゆる局面で助けられたのはわたしの方でした。
暮らし始める犬が何歳になっていようと
何年共に暮らせることになるのかも
後になってみれば
そんなことはちっぽけなことです。
嘘だと思われるかもしれませんが本当です。
是非試してみてください。
犬がわたしを見つけてくれたこと、
共に暮らせた年月がわたしの人生において
かけがえのないものになったことを
犬に感謝しています。
思いがけない所で人生の宝が飛び込んで来てくれました。
こういう出会いがあることが
新しく犬を迎えられる方の選択肢の一つになればと
心から願います。
これくらい褒めておいたら
自慢気な顔で帰って来るに違いありません。
まったく、いい加減にしてもらいたいものです。
2012年8月5日日曜日
命
この季節になると命について自然に考えていたりする。
蝉が上手く脱皮できずに、
殻に閉じこもったまま死んでいるのを見るにつけ
普段は考えない思いにとらわれたりするのだ。
それでなくても地上に出てからがほんのわずかな蝉の命、
飛ぶことさえ適わなかったことが哀れだ。
その上、今年はカラスだ。
7月も終わりの巣立ちは、やはり遅過ぎる。
この場所は強い風が舞うことが多いので危険も多い。
その上、この灼けつく暑さだ。
飛べないうちから練習しだすのだから、
ここは練習場所としては最悪だ。
子を思う親の姿に心が痛むこともある。
本格的な巣立ちに際し、
飛ぶ為に身体を軽くしようと親は子に食べ物を与えない。
その上で食べる為の物をどうやって得るのかも教えていく。
そうして子は、
まだまだ一人前とは言い難い頃に親から突き放される。
弱った子は、
食べ物を与えられず、学習も出来ないままに
親から突き放されることになる。
弱り、立つことも出来なくなった子が、
ひたすらに親を呼ぶ声は哀れだ。
しかし、親は遠くを見つめたまま
空高く舞っているだけだ。
鳴き叫ぶ子に
最早、心動かない親の自然の摂理もまた
哀れに思えて仕方がない。
2012年7月28日土曜日
カラスよ、連日は厳しい…
昨日の夕方、親カラスの鳴き方がまた少し違う気がしていたら
案の定、1階と2階の踊り場に子カラスがいて、
それが見えない親が必死に子供を呼ぶ声だったようだ。
そして、私はまた屋上まで掴んで走ったのだ。
今回は前ほどの緊張感が私にも子カラスにもない上に
前日の疲労が足に、というより膝の関節に残っていたことが大きく
4階辺りでペースダウンしてしまった。
息も切れる中、屋上に上り切った所で子カラスを離したのに
子カラスの指が私の指を離そうとしないし
親カラスは早く離せと私に言うしで
下りる時には何もかもヘトヘトだった。
下から見上げると、親カラスがしきりに鳴く中、
子カラスがちょこちょこ動いているのが時折見えた。
そうこうしている間にズリッとなり、
またも不器用にバタバタしながら落ちてきた。
「 うそーっ 何やってんのよ~?! 」の言葉しかなかった。
私が1階に着いてから2分位しか経っていないでしょうに全く。
子カラスはヒョコヒョコと
まっすぐに私の足元に向かって歩いて来た。
ほら、やっぱり何か持ってる。
もう既に日は落ちてき始めているし…
ここは危ないし…
もう、無理やし……私…。
もう無理やって……。
と言いながら掴んで走っていた。
一昨日は1往復。
昨日は2往復。
この続きはもう考えたくないという頭に
同時に浮かんだのは、初の“巣立ち訓練士〟
なってやろうかしら?
バカじゃないのわたし。
だった。
今日は今のところ平和だ。
平和だけれど、元気なのかも気になっている。
賢いカラスに私は遊ばれてるのかもしれない気が
今日は若干しています。
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