2012年4月29日日曜日

犬に学ぶために…。


犬に学ぶという点において
私の場合、それは特に高齢になった犬からが多い。
とりわけ看護や介護といったことが必要となった犬からだ。

それが何故なのかと考えてみると
私自身の側の受け皿の違いなのかもしれない。

若い犬に対し、私は多くを受け取りながらも
一方で多くを送っている。

これして、あれしてという要求の類いのものや
イヤだ、ダメだという拒否の送受信みたいなものだ。

しかし、要介護犬となれば
私からの要求は激減する。
拒否は皆無となる。

犬の一声や動きから
何を伝えようとしているのか、
何がして欲しいのか、
そればかりを考えることになる。

不自由になった目や耳や足の代わりとなり
私ができることは何かを探す日々だ。

そんな中で、それが要求ばかりではなく
愛情に溢れていることにも気付かされる。

私を思いやり、頑張って生きていたのだと
気付かされる最期の何と多いことか。


年齢に関わらず犬が何を言い、
何を望み、それは何故なのかということを考えることが大切なのだ。

若いということだけで安心して拒否することも多く、
見逃し聞き逃していることが多いのだとすれば
それはとても残念なことだ。

私は大きく深い受け皿になろうと思う。


「ディーフ 何か言って?」
「何もないの?」
「一つも?」
「まったく?」
…………………………………

「それはダメよ」

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