2012年12月8日土曜日

朝の風景


自宅からしばらく行くと小学校があります。
そのすぐ近くにある小さな横断歩道には
1人の男性が立っておられます。
たまにしか通らないのですが
私がその方を見かけるようになって
もうすぐ1年位になると思います。

とても元気に「 おはようございます 」と
子供たちにだけではなく出勤に急ぐ通行の人たちにも
声をかけられていました。

次に、一人一人に一歩足を踏み出し
少し手を添えるような感じで
挨拶されるようになりました。

その方が学校の関係者かどうかはわかりません。
子供たちが進んで自分たちから
挨拶しているようには見えなかったので
先生だとは思えません。
だから、何者なんだろうと思っていました。
正直、少し変わった人のように感じていました。
声をかけられた人たちも俯いて通り過ぎるような
そんな感じに見えました。

その道をしばらくぶりに今朝通りました。
今日もその横断歩道の所に見かけました。
元気な様子が遠くからでもわかるほどでした。

近くを通りかかった時に驚きました。
声かけと共に一歩足を踏み出し
そしてハイタッチの手を差し出されているのです。
その手に何とおじいちゃんが
自転車のおじさんまでも
そして、足早のおばちゃんも
綺麗なお姉ちゃんも
絶対しそうにないお兄ちゃんも
子供たちは元気に
ハイタッチをしていくのです。
ちょっと恥ずかしそうにしながらも
みんな微笑んでいます。

その笑顔が良かったんですよねぇ。
驚いていた私の心が温かくなりました。

私の住む街の朝の風景が素敵になっていました。


2012年11月29日木曜日

月夜

昨日、陽が沈む前の時間
丁度夕焼けが綺麗な空の反対に
まだ薄い白い色の満月に近い月があって
ちょっとトクした気分、
小さな幸せを感じた。

写真を撮った時の今日の満月は
周囲に雲があって
その雲にはよく見ると何色かの光が輝いていて
しばらく見とれていた。

日本では見れないけれど
ハワイとかだと
月夜の虹、ムーンボウというのを
見ることができるらしい。
とても幸運だということだから
珍しいことなのかもしれないけれど
とても綺麗なんだろうなぁと
ハワイの海岸に思いを馳せながら
今日の満月を見ていた。
箕面のお山の中腹辺りで。

子供の頃から雨の日以外は必ず月を見ている。
決め事にしている訳ではないのに
自然と必ず探している。

本当は月などと呼び捨てになどしたことはない。
どうでもいいことだろうけど。

私の母の名前は月子という。
小さい頃は変な名前と思っていたが
少しずつ羨ましく思うようになった。
私の名前のつまらなさといったら
羨ましくもなるというもんだ。
これこそどうでもいいことだろうけど。

ということで
どうだ、今日は意外な一面を垣間見せれたことだろう。
どうでもいいことにもほどがあるだろうけど。




2012年11月21日水曜日

キャリアウーマンにはなれません。


今日はちょっと忙しい。
あれをしてこれをして、そうするとあれはこうで
これはこうで…
あっ、これをする前にこれをしておくと、
そう完璧。
着実に正確にチャチャっとこうして
電話してから出るとロスがでるな。
そう車に乗ってからでも十分だし、
道路の混み具合も計算して
より正確に到着時間をお伝え出来る。
ヨシ、完璧。

『 こんにちは。 Dog beside... でし。 』

でし。ってあなた、もう最悪。


2012年11月14日水曜日

ちょっと待ったぁ!! 風ワタクシゴト 大阪弁をそえて


車に乗ってて信号待ちとかしている時に
左手の車線の斜め前辺りの運転席側のドアが
いきなり開いたりすると
条件反射みたいに
いや違うな
条件反射そのものやわ。
それに私、条件反射中最速で見てしまってるんやもん。

見ん方がいいのよ、ほぼ100パーで。

別に文句言いに下りて行きはるん違うし、
うちの犬みたいに逆走して来るものも何もないんやから。

なのに、何で見んのアホちゃうかと
なんべん自分に言ってきたことか。

ちっとも治らんのよ。

絶対見てしまう。

見たらあかんのよ。

お願い、勘弁して。

重いドア開けるよりティッシュ取る方が
腕にも
道にも優しいよ。

自分の胸に聞くなり、
諭すなり
何でもいいから
ほんま、気ぃつけて。
ドアを開けてまでせなあかんの?そこのおじちゃん。

おばちゃんにおじちゃん言われるんも
イヤやろうけど アハハハ


2012年11月12日月曜日

今日、渋滞の中で…


お天気の良い日に運転していると
空を眺めることが多いせいか
思いは、遠く果てしなく広がったりするもので
行ったこともない外国の街角にいたり
髪を揺らす海辺の風も心地良く
手足の長いスレンダーな身体を椅子に沈め
一人たそがれる。
「 誰やねん それは? 」 なんて聞くような人は
そこにはいない。
ましてや大阪弁などあり得ない。

だけど、今日みたいな雨の日は
おまけに日曜日ともなれば
通りかかったこの辺りでは
ショッピングモールには長蛇の列。
何ご飯か全くわからない時間帯にもかかわらず
回転寿司にも長蛇の列。
これらの周辺で巻き込まれた渋滞の中で
考えることはお天気の良い日のそれとは大違いで
ただ私は車の中でじっとしている。
誰かがイラついて鳴らしたクラクションも
汽笛になど聞こえる筈もない。

あ~ぁ こんなんじゃ今日も帰りが遅くなりそう。

夜遅い時間になると最近やたら目立つのが
暗闇の中、携帯片手に立ち止まっている人。
案外若い女の子もいるから驚きなんだけど
驚くのはそんなことより
携帯の発する光に浮かび上がる白い顔なのだ。
通りを曲がった所で出くわすのは恐ろしく怖いのだ。

顔面を覆い隠すダースベーダーのようなサンバイザー同様
慣れることができないでいる。

怖い顔の話のついでに、この間の運転中のこと。
対向車線の女の人の顔をふと見たのだけれど
何が彼女に起きたのか
あんな怒りの表情を見たことがないくらい恐かった。
思わず、大奥のお局さまか? と
つぶやいてしまった。
咄嗟にこれは、自分ながら中々上手いことを言ったものだ。
この度、ここに発表できるチャンスに恵まれたことに
感謝しよう。

なんてことを思い出して、ふと視線を上げたら



虹だった。

大急ぎで虹好きの友達に電話しようとした矢先
スッと消えてしまった。

見たかな?友達は…
見たかな?この渋滞を同じくしている人…
そして、見てたらいいな あのお局さまも…。

渋滞だったからこそ訪れた
ほんの数秒の幸運だった。


2012年10月29日月曜日

UFOとコーヒーのシミ


中環を車で走っていた。
路上には50代後半の男の人。
空の一点を見上げたまま
微動だにされない姿。

まさに「 エッ!? あれは何だ!!!??? 」の最中だ。

とくれば、スーパーマンでなければUFOだ。

同じ空の一点を見て確認したい。
真横に立つ度胸はないけれど。

そして、車は流れて行く。

空港からさほど離れていないこの場所で
それはちょっとUFOも大胆過ぎるだろう。
レーダーとか飛行機とか問題多いし。
頭をよぎらせたのは
己をあきらめさせる手段だということが
わかってしまう己自身にはなんの説得力もない。

後ろ髪も頭部だけでは済まされない状態の中、
管制塔とコックピットに身をおきながら
現実には白いシャツにコーヒーの染みを1つ作り終えていた。

何で胸でなくてお腹にできてんのよ…。

口元に運んだカップと口元に出来る僅かな空間から
その染みまでの角度を検証しながら
背もたれの角度が広角だからだ叶姉妹じゃあるまいし。
と導き出した結論も説得力に欠ける。
背もたれの角度を鋭角にしたからって
何が変わるというのだ?

車から下りると
シミをつけたシャツがお腹出てます印
となってしまうと思う頃になってようやく
シミ、とれるかなぁと思い始めた。
遅っ…。
仮に胸についてたって、同じ位とること考えますよ。
言っておきますが…念のため。

2012年10月16日火曜日

ダメですね。


最後のブログから、
もう少しで1ヶ月だというのに文章が書けません。
毎日生活しているとそれなりに面白いこともありますし、
素直にニッとしています。

今日だって間違い電話がかかってきて
「 おたくで貰った薬が… 」と言われるので、
うちではお薬を出していないことを伝えました。
だけど
「 9月もおたくで貰っているやんおたくに間違いないのよそれでね… 」
と先を急がれます。
いえいえうちではないですよと説明するのですが
「 いやいやおたくで貰ってるんよいいからいいから… 」
と聞き入れて貰えません。
うちの電話番号を何度言ってもフンフンといわれるばかりで
ようやくかけられた番号を聞き出すのに成功してみると
最後の最後が間違っています。
やっぱりです。
うちの番号と1つ違うことを何度も説明した挙句に
言い放たれたのは
「 私はちゃんとかけたのに何でおたくが出るの?
おかしいわぁ 」でした。

大阪の先輩、さすがお見事でした。

あっ 書けました。
下記のことを書くと決めたから書けたのだと思います。


最後のブログに
文字通り自分のお尻を叩く必要に迫られるように
勢いよく仕事のことを書いたり、
いつもの馬鹿げたことを書いたりしたものですから
どちらも本当のことなんですが
勢いにはかなり無理があって
キオツケとヤスメみたいな内容を
2つ続けたことにも無理があって
グダグダしていない様子を取り繕ったことに
直ぐに気が付き
そして、ゆっくりと反省し始めたんです。

本当の自分の心は
あの時から今もずっとグダグダグズグズしています。
ディーフを書かずにいたら
又、キオツケとヤスメじゃないのかと
自分で思うと思います。

ディーフが居なくなったことは認めていません。
それでいいと開き直っています。
なのに、報告したばかりに現実味を帯びてきてしまい
正直後悔しています。
自分の口から出るディーフの話を自分の耳で聞いては
心から血が流れます。

こんな風なもので書けなくなっていました。


ディーフは今日も私と喧嘩しながら仕事しています。
こんな感じでやっていきます。
こんな感じでないとやっていけません。

申し訳ありませんが
こんな感じでお付き合い下さい。



2012年9月20日木曜日

素朴な疑問シリーズ第5、第6、第7弾一挙公開。


振り返ってみるとこの素朴な疑問、
第3弾が2つもありました。
素朴過ぎて自分でも数えとらんということでしょうか?
しかし、3ごときで数え損なう私は一体何なんでしょうか?
知らず知らず4を縁起が悪いと
とばす歳になっているからでしょうか?

いやいやこの3つで5、6、7弾ではありませんよ。

あくまで犬の男のコの話なので
そこのところはよろしくお願い致します。

お泊りでお預かりした時の男のコの大半に言えることですが
大抵の場合、朝一番のお散歩では
外でしかトイレをしないコはそれ相応にオシッコを我慢して
待ってくれています。

我慢していたかどうかわかるのは
最初の出る勢いと最終的にどれだけの量が出たかで大体予想はつきます。

あぁ、それなのにです。

結局用を足した場所は、そこら辺と何ら変わることのない
どうということもない場所。
にも関わらず、何のこだわりを持って
そこまで我慢に我慢を重ねてまで
場所の特定に無駄な時間を費やすのでしょう?

それでもって尚且つ、
そこまでの我慢を重ねて選りすぐった場所であるにも関わらず
全てを出し切ることなく
しかも、驚くべきことに
あの勢いの最中に、
何事もなかったかのように
ことも無げに
鼻歌交じりで
ピタッ‼ と止めることができるのが不思議でなりません。

後の残りは、あれだけのこだわりをかなぐり捨て
散々却下した場所ということも一切忘れて
極々適当、ちゃらんぽらんに済ませます。

最初が肝心の言葉は犬の排尿行為からできたのかと思うほどです。

お散歩の付き添いである私はガクッと肩が落ち
必ず「 何でなん? 」と声が出てしまいます。

答えが返ってきたためしがないので
私の疑問は永遠に疑問のままでしょう。

この場をお借りしてお願いできるならば
どうか1ヶ所で全て出し尽くしておくれという
ことです。

いや、私的にはとても真面目な話です。



すんごい大変だった8月の中、考えたこと。


先ずは8月がどう大変だったのかを説明するべきだとは
思うのですが
想定外の事態の上に想定外の事態が重なり
早朝から深夜まで休む間も無く動いていたような
そんな感じで、何が何やら無茶苦茶で
今となっては、大変だった苦労話よりは
そんな中から生まれた前向きな思いが大切なのだと思い
そこのところだけご報告したいと思います。

最終的には
仕事面においては想定外の事態も全てをチャンスと捉え
高齢犬のケア面をより充実させる体制をとることに決めました。

新たに仲間を得ることもできましたし、
何よりも求めて下さる方々に背中を押して頂いたような
そんな出来事が重なる不思議な体験もしました。

年をとった犬のことをみてくれる所が無い。
嫌がられる。
断られる。
こわがられる。
という声に対し
受ける側が確かに敬遠することを私も知りました。

落胆だけではない思いが残るものです。

うちのコならどうするか?
うちのコならこうしてあげたい。
こうするだろう。
ということを懸命にしたいと思います。

今となっては幸運にも看護士を経験し、
30年間どれだけのコの看護、介護をしてきたか数えられません。
経験で得たものは大きいです。
介護する側の人の気持ちも辛さもよくわかります。
犬を看ることと同時に人の支えも必要なのです。

疲れきった時に私の顔が浮かんだとお電話頂いたことは
大きな後押しになりました。

それから従来のトリミングと違う視点のトリミングもします。
弱った皮膚の状態の場合、シャンプー剤は勿論ですが
お湯の温度やドライヤーの温度、使うブラシやクシの素材にも
注意が必要です。
それに、爪の減り方、毛の切れ方、筋肉のつき方、
心臓、脈拍、血圧の状態、呼吸の仕方などで
気が付くことが沢山あります。
このことで、短期間に幾度も喜んで頂けることがありました。
これも大きな後押しでした。

1ヶ月ほどに、こんなに集中するのは今までには無く、
少し思いを話してみると、元気なコのお家の方なのに
有難うございますと仰って頂きました。
少し足が弱ってきたようで不安だったそうです。


より私らしいことを私らしくしていきたいと思います。

これが大変だった中で、少しずつ形を持ち始め、
並行して既にお預かりやデイケア、ケア美容をしてきています。

この内容をお配りする予定です。

その為に、もう少し時間と元気が必要な今の私です。
確かに甘ったれとります。



2012年9月18日火曜日

........無題


わたしの相棒、D.ph が逝きました。
逝くという文字を使いましたが
わたしの心にはその文字はありません。

特徴のあるとんがり頭のお骨を見て
あのコなんだと思ったはずが
現実味は全く無く
夢の中の出来事のような
そんな感覚が今は残っているだけです。

2007年6月の夜、
道路の真ん中を車の流れと逆走するという
およそあの犬には似つかわしくないような
そんな大胆な登場の仕方で
突然、目の前に現れたのがわたしの犬D.phです。

そして、今度は逆のパターンで
出掛けて行ってしまいました。

正直、車の助手席にも
家にも
仕事場にも
姿が見えないということは
絶望と恐怖をもたらします。

いないという空間の存在は
強烈な痛みを伴って
打ちのめしにかかってきます。

降参です。

出会ったあの日のように
今もどこかを歩いているような気がして
そして又突然目の前に現れてくれると願う毎日が
この先永遠に続くことになるのでしょう。


出会った時の運命の天秤の、
わたしではないもう一方には
野良となった犬が迎える最期を載っけていました。

そんなことが絶対に起こらないように
必ず見つけるという気持ちを
おさえることができません。


犬は人生の宝となりました。

あらゆる局面で助けられたのはわたしの方でした。

暮らし始める犬が何歳になっていようと
何年共に暮らせることになるのかも
後になってみれば
そんなことはちっぽけなことです。
嘘だと思われるかもしれませんが本当です。
是非試してみてください。

犬がわたしを見つけてくれたこと、
共に暮らせた年月がわたしの人生において
かけがえのないものになったことを
犬に感謝しています。

思いがけない所で人生の宝が飛び込んで来てくれました。

こういう出会いがあることが
新しく犬を迎えられる方の選択肢の一つになればと
心から願います。


これくらい褒めておいたら
自慢気な顔で帰って来るに違いありません。

まったく、いい加減にしてもらいたいものです。





2012年8月5日日曜日


この季節になると命について自然に考えていたりする。

蝉が上手く脱皮できずに、
殻に閉じこもったまま死んでいるのを見るにつけ
普段は考えない思いにとらわれたりするのだ。

それでなくても地上に出てからがほんのわずかな蝉の命、
飛ぶことさえ適わなかったことが哀れだ。

その上、今年はカラスだ。

7月も終わりの巣立ちは、やはり遅過ぎる。

この場所は強い風が舞うことが多いので危険も多い。
その上、この灼けつく暑さだ。

飛べないうちから練習しだすのだから、
ここは練習場所としては最悪だ。

子を思う親の姿に心が痛むこともある。


本格的な巣立ちに際し、
飛ぶ為に身体を軽くしようと親は子に食べ物を与えない。

その上で食べる為の物をどうやって得るのかも教えていく。

そうして子は、
まだまだ一人前とは言い難い頃に親から突き放される。

弱った子は、
食べ物を与えられず、学習も出来ないままに
親から突き放されることになる。

弱り、立つことも出来なくなった子が、
ひたすらに親を呼ぶ声は哀れだ。

しかし、親は遠くを見つめたまま
空高く舞っているだけだ。

鳴き叫ぶ子に
最早、心動かない親の自然の摂理もまた
哀れに思えて仕方がない。



2012年7月28日土曜日

カラスよ、連日は厳しい…


昨日の夕方、親カラスの鳴き方がまた少し違う気がしていたら
案の定、1階と2階の踊り場に子カラスがいて、
それが見えない親が必死に子供を呼ぶ声だったようだ。

そして、私はまた屋上まで掴んで走ったのだ。

今回は前ほどの緊張感が私にも子カラスにもない上に
前日の疲労が足に、というより膝の関節に残っていたことが大きく
4階辺りでペースダウンしてしまった。

息も切れる中、屋上に上り切った所で子カラスを離したのに
子カラスの指が私の指を離そうとしないし
親カラスは早く離せと私に言うしで
下りる時には何もかもヘトヘトだった。

下から見上げると、親カラスがしきりに鳴く中、
子カラスがちょこちょこ動いているのが時折見えた。

そうこうしている間にズリッとなり、
またも不器用にバタバタしながら落ちてきた。

「 うそーっ 何やってんのよ~?! 」の言葉しかなかった。

私が1階に着いてから2分位しか経っていないでしょうに全く。

子カラスはヒョコヒョコと
まっすぐに私の足元に向かって歩いて来た。

ほら、やっぱり何か持ってる。

もう既に日は落ちてき始めているし…
ここは危ないし…
もう、無理やし……私…。
もう無理やって……。
と言いながら掴んで走っていた。

一昨日は1往復。
昨日は2往復。
この続きはもう考えたくないという頭に
同時に浮かんだのは、初の“巣立ち訓練士〟
なってやろうかしら?
バカじゃないのわたし。
だった。

今日は今のところ平和だ。
平和だけれど、元気なのかも気になっている。

賢いカラスに私は遊ばれてるのかもしれない気が
今日は若干しています。


2012年7月27日金曜日

巣から落ちたカラスの子供


昨日、店に着くとスタッフが困っていた。
聞くとカラスの子供が巣から落ちていて、
子供を守ろうと近くを通っただけで親が攻撃してくるという。

確かにいた。
まだ子供だ。

屋上にある広告塔の上に巣があるようだ。
飛ぶ練習でもしていて失敗したのだろうか。
あれでは地面からは到底飛ぶことはできそうにない。

昨日の気温は36℃。
アスファルトの上は厳しいだろう。

何度か遠目にみているうちに子供が見えなくなった。
親鳥が今も見張っているのだから、ひょっとしてそばの用水路に
落ちたのかもしれないと思い確認してみたら、いた。
下に落ちるまでの一段上の所、15センチ弱の幅しかない所にいる。

既に4時間以上経っていた。
相変わらず、親鳥の見張りは続いていて
時折、威嚇の大きな声が聞こえていた。
子供の近くにお水とパピーのドッグフードを置いておいたのだけれど
親鳥が子供に与えたような形跡は無い。

時間が経つばかりだった。

4時になって子供を見ると
目をつぶって口を開いたまま、わずかな草にもたれかかっている。
死んだのかと思うほどに弱ってきていた。
このまま暗くなれば日は陰っても、それはそれで危険も多くなる。

あぁ、考えていても仕方ない。
思った瞬間、子供を両手に掴み、
6階の屋上まで一気に走っていた。

弱っていたはずの子供は大きな口を開けて鳴き叫び、
親鳥たちも鳴き叫び、
私も「 ウォーッ 」と心で叫んで走っていた。

屋上の高くなっている所に子供を置いて
下りる私の足は最早自分のものとは思えなかった。
膝が笑うなどと生易しいものなんかではなく
笑い死んだ膝の化石を、おまけに持ち上げますかっ?
位の勢いだ。

普段は2階に上がるのでさえ足は重く息は切れるのに
6階まで一気に走り切れたのは
( 注 腕を前後に振ることもできなかった状態で )
今後の私の、ある種小さな自信になった。
何か思いが強ければ考えずともやれるもんだという意味で。

そして、振り返り思うのだが
斎藤君、やっぱり私も持っているんじゃないだろうか。
度重なる接近に親たちは攻撃的な鳴き方もしなかった。
私が話せば、わかる何かがある気がするのは初めてではない。

そう、昨日は親鳥たちにこう言った。
「 どうするぅ~? 」



2012年7月24日火曜日

痩せた高齢犬と肥満傾向の成犬


痩せて背骨が飛び出ている高齢犬て割と良く見かけます。
《 老犬の抱っこ 》というタイトルで書いたことがあるのですが、
本当に抱っこする時は平行を心掛けて下さいね。
筋肉が落ちてしまった骨は守られるものが無い分、
負担がもろに骨にかかるので、
常に危険にさらされているに近い状態にあります。
犬自身が自分で歩こうとしている時に
小さくポキッと音を立てたり、
この時に添えている手の平にわずかにずれるような動きを
感じる時が少なからずあります。

同じように、若くても膝がずれるコも多く、
お家の方が既に通院されている位に痛みがあるコもいれば
平気にしているので全く気付かれていない場合も多くあります。
これも抱っこしようとする瞬間や降ろそうとする瞬間に
手に伝わってくる感覚でわかる場合があります。
肥満傾向が強くなって初めて、
歩きたがらないなど異変に気付かれるようですが
案外小型犬種には多く出会っています。


高齢犬を抱っこする時や肥満度の高いコを抱っこする時は
( マルチーズやキャバリアなどの心臓疾患の多い犬種、
とても小さな身体のコも )
同じく抱っこしていて、手の平に伝わる心臓の響きに注意しています。

手で感じるものって大切だなぁとつくずく感じている最近の私です。

今日は久々のブログなので真面目な内容にしてみました。
真面目に仕事していたように感じて頂けたら成功です。



2012年7月2日月曜日

送迎車が…。


今日、運転中に前を走る車に絵が描いてあるのを見て
ふと昔のことが蘇った。

犬のトリミングをしている知人が
お店で使う送迎車を購入した。

車全体に犬の足あとマークをペイントし、
納車して貰うことになっていると言う。

納車の当日、とても楽しみに待っている知人と共に
何故だか同じ位のワクワク感でもって
私も到着を待っていた。

もうすぐだというので
外に出て待ち構えていた私達の眼前に
車は静かに停まった。

が、その途端というか
近付いて来る車に既に違和感を感じてはいたのだが
それが何故なのかは完全に停まったと同時に
わかったことだった。

敢えて言うなら、停まる以前に薄々気付いていたのかもしれない。
どこかで信じたくない気持ちが働いて
わざとうやむやにしていたのだと思う。

車全体にペイントしてあったのは
犬の足あとマークではなく
どこからどう見ても、はっきりとした
人間の足あとだった。

あぁあ………

2012年6月28日木曜日

運転中のニヤ顏


今日、笑いのツボをついたメールが送られてきた。
信号待ちの間に見た途端、吹き出した。
信号が変わり、車が動き出しても
まだまだ可笑しくて仕方がない。

時々、運転しながら一人笑っている人を見かけるが
正直、不気味だ。

何とか笑いを抑えようとするが
ニヤニヤ顔がマシな程度で
それ以上は抑えることができない。

片手運転で片手で片頬と僅かに口元を隠してみたものの
大きくはみ出るニヤニヤは余計に不気味だろうと
思う冷静な自分にも歯が立たない。

中央環状柴原から千里中央付近まで
楽勝で笑いながら走ってしまった。

こけそうになったら、
さも地面に足を取られるようなものが
落ちていたかのように振る舞い、
トップの位置で信号待ちをしていて、
青に変わったのを後ろの車に注意されたら
無かったことにする勢いで
ブオーンと一気に走り抜け、
バックミラーでチラ見する。

私には潔さというものが微塵もない。

ガハハと笑いながら走れるのは助手席に犬がいて
何とか誤魔化して貰える時だけだ。

と己を振り返ったその時は
千里中央を彼方にして
まだニヤ顔が張り付いたままだった。


2012年6月27日水曜日

Facebookの裏では必死


パソコンが苦手で使いこなす方法がわからない。
そもそもが使いこなすというほどのことを
しましょうという気が起こらない。
iPadが丁度いいだろうということで使い始め、
必要最低限のことだけで満足していた矢先に
ブログの仕様が変わって、オタオタした。

同時期に携帯電話をスマートフォンに変えた。
何故変えた?という疑問には
ごもっともと、即答できる。

次いで、時期を違わずFacebookを始めてしまった。
ほんと、ごもっともです。

こんな感じ、わけのわからないままさわっていたら
先日、とんでもないことが起こってしまった。

過去を遡って見ていた時に
聞いたことも見たこともないところに
私が いいね をしたことになっていて
それがご丁寧にプロフィールに登場している。
これは一体何なんだとのぞいてみると
何じゃこれっ!!!
いいね をするわけがない。
そんな、とあるコミュニティだった。

万一そういう趣味があったとしても
友達に公言することは絶対にない。
いいね をしましたなどとんでもないことだ。

時刻は日をまたいで1時半。
もう寝ましょうと思っていた最後の最後にこれに気が付いた。

最近は何十年ぶりにFacebookで交流し始めた友達もいて
大体が私のことは理解されていないのだから
どう思われてもおかしくない。

緊急非常事態だ。
焦りに焦るのだが、皆目わからずに始めたのだから
操作自体もわからない。
わかっていないことだらけの私が いいね をしていないものを
しているとされていることだけで頭は真っ白の状態だ。
一体、誰が何の目的で私を罠にはめるのか?
そんなことも浮かぶ位にわけがわからない。

Facebookのお友達が起き出す前に
何としてでも、ここは無かったことにしたいと
どれだけ、もがき苦しみ
絶望の中、奮闘していたことか。

落ち着いて2、3日後に疑問が生まれた。
私の場合、これはプロフィールの変更になった。
他の人もしょっちゅうプロフィールを変更しているんだけど
それはみんなも友達が起きる前に消したいことがあるのだろうか?

それと、お願いもある。
私が消し去る前に発見し、ええーっ!! となって
翌日消えていることに気が付いた人。

黙ってないで、何か言って。



2012年6月21日木曜日

私事ですが、雨…最悪…。


雨がロマンチックだなどという年頃に
しがみついていたかったのだが
正直、この雨の季節は本当にイヤ。

いつの間にか、どんどんくせ毛がひどくなって
雨の日は魔女ゴーゴンというのかメドューサというのか
髪が頭の上で大暴れしてしまう。

傘なんて差してたら仕事にならないから
とにかく私は雨の中を走っていることが多い。

余計にもう野放し状態だ。

こうなったらもう、朝にドライヤーなんか必要無いんじゃないかと
真剣に思ってきた。

何をしたって同じことだ。

洗ったままで、出掛けたっていいのだ。
いっそのこと、雨で洗ったっていいのだ。

とにかくそんな気分なのだ。

ここだけの話、髪のグリングリンはイヤなんだけど
それよりも数段、何倍も本当にイヤなのが前髪だ。

他はグリングリンでボワッのくせに
ここだけ平仮名の 『 え 』の最後のクネッみたいになって
そのクネッがラインダンスみたいに
きちんと並んで揃っているのが、もうホント一番イヤ。

どうせなら、もう前髪もグリンのボワッでいいっていうの。

あまりにもイヤだからイヤな気分にまかせて切ってやったら
小さい『え』のクネッになっただけだった。

あ~もう最悪にとどめ無しだ最低!!



今夜のなんてこたない私。


自宅の近所のコンビニの店員さん、
彼は外国人だ。

早口なのか、かなりのスピードで言葉が流れ出る。

速さで判断するならば流暢そのものだ。

手の動きも素早く、なかなかの仕事ぶりなのだ。

手の動きに合わせて流れ出る言葉の数々。

でも本当は何を言っているのかがさっぱりわからない。
日本語を話しているのかさえわからない。

今夜は聞き逃すまいと聞き耳を立てていた。

彼が話していたのは自国の言葉でもなく、日本語でもない。
その時々に必要な日本語の頭の一文字だけを使い、
後はニュアンスだけを早口で済ませていた。

そのニュアンスに対して
私の「 いりません 」は
ちょっと拒絶し過ぎな言葉のかたさではなかろうか…?



うわっ、ニュアンスとか書いてたら
え~っ!!! 八重樫選手の顔がすごいことになってる~!

ニュアンスの響きとは、これもまたほど遠いこと…。




2012年6月19日火曜日

犬と私の学習


台風が来るというので
犬を留守番させることにした。

寝ている間にそっと出て来たので
目覚めた犬は
自分の身に、何故置いてけぼりが起きたのか
しばらくは理解できずにいたことだろう。

いつも起こして貰えるわけではないということを
身に染みて感じたのではないだろうか。

こうして犬は学習したはずだ。

早起きの犬か…
明日からが楽しみだ。

そして、この私。

先日、留守番させた時に学んだことは
留守番には報復がついてまわるという事実だ。

なのに、今日…
やむ無くの今日…。

ほら、いよいよ台風が近付いてきたようだ。
思った通り随分と風が強くなってきた。

そして、家の中でもさぞかし強風が吹き荒れていたことだろう。
あのカーペットでは集中豪雨があっただろうか?
これからだろうか?

だけど、それもある程度、
ほんの、ある程度は覚悟の上だ。

こんな心の広さを示す私に対し
学習能力無しと犬が評価したかどうかは
犬の目を一目見ただけですぐにわかる。

というかもう既に、
目を見なくてもわかっている、私には。

2012年6月14日木曜日

あちゃぁな出来事


「 あぁ……もう、あんなになってるんやねぇ……… 」

んっ 何が ?

視線を辿ると
その先には助手席で爆睡する、うちの犬。

あちゃぁ……。

あんな妙な顔して眠っているから
きっちり間違われてるじゃないのよぉほんとにもぉ…。

困ったなぁ…。

「 車が大好きでいつもあんな感じで爆睡してるんですよ 」

年をとったあなたを心配して、
寂しくも感じてくださったから私はそうお返事したけれど

ホントのところは言いたかったわよ。

「 ええ………、こんなになってしまいましたぁ…… まったく… 」


2012年6月13日水曜日

犬の失態がおっさんを呼ぶ。


朝です。

出掛ける準備中の慌ただしい朝に
またもやってくれた犬なのでした。

時間ギリギリまで眠っていらっしゃるので
優しく起こして差し上げ、
その上でまた準備が整いましたからと
お声掛けさせて頂こうと家に入ると何とまぁ
寝癖のついた耳をひっくり返したまま
例のことを例の場所でもって始めた瞬間で、
「 コラッ! 」と内なるおっさんが大声を出したのでした。

びっくりした犬は、あたふたしながら急停止を試みましたが
これほどまでに私の言葉に反応することに私がびっくりしたのでした。
反応の早さは、やっぱり確信犯に違いありません。

そして耳は今現在も、まだちっとも遠くはないことが
暴露した瞬間でもありました。
よくもあれだけ聞こえないふりができるものです。

ということで、シャンプーは決定です。

しかし罰と言えど、結局シャンプーは心地良いので
罰と言えるのか甚だ疑問が残りました。
「 お尻を短く刈ってしまいます? 」の発案には
これぞ罰的、想像すると可笑しいし
「 やっちゃってやっちゃって 」と言いたいところでしたが
結局それは、一緒に歩いている私だけが恥ずかしことで
その上、「 いやぁ お尻どうしやったん? 」と聞かれる度に
悲しげな目で私を見るのは願い下げです。

私には帰ると掃除が待っているのです。

内なるおっさんは放たれようとしています。


2012年6月11日月曜日

素朴な疑問第3弾 嫌がらせをする気持ちは私が芽生えさせたのか?


昨日、わけあって犬を留守番させて出掛けた。
夜帰ってみると信じられない光景があった。
絶対絶対、するわけがないあり得ない場所で、
ここでされると大変なことになるという我が家では
唯一そこしかない場所で。

つまりは敷き詰められたカーペットの上で
そこでもって、用を足していた。

緊急の場合に備えて準備は怠り無くしていたし、
緊急事態が重なっても大丈夫なまでの非常事態にも備えていたのだ。

ついうっかりとは2回もすればそれは言わせない。

犬の不満+怒りは、=小×2 だというつもりか?

この挑戦的なまでの態度でしか表現できないのか?

しかしまぁ本当に2回とは癪に障る。

いや違うな。

癪に障るのはそれ以外のところだ。

小×2 = 犬の不満+怒り に
どんな自信があって、強気をプラスできるのか
そこんとこが癪に障るのだ。

強気をプラスしている証拠に
反省の色も私の顔色伺い一つなく、しらっとした態度でいたことだ。

そして、掃除をする私を横目で見ながら大きなノビをするのを
私はこの目を横目にして見ていたんだから。

そうだ。
明日、シャンプーの刑にしてやろう。

2012年5月31日木曜日

ある日の夫婦から ー 大人って何?


小さな陶器の器には
揚げ物にぴったりの
こだわりのお塩が入っていて
そして小さな器に見合う
小さなお匙が添えてありました。

肘をついたまま高さを保ちつつ
お匙ですくったお塩を
肘を軸にしてゆっくりとお皿の方に移動し
そのまま手首だけを右回転して
向こう側へササッと落としました。

同じ動作をゆっくりと
二度繰り返したのでした。

無言で音も立てずに
ゆっくりとおこなわれる一連の動作を
横に座って
ただ黙って
同じ位に静かにじっと見ていたのでした。

それってもしかして
ギーッ ガシャン とか言いながら
していなかった?の問いに

言ってた と
前を見たまま
静かに答えたのでした。

静かに
ゆっくりとできるってことが大人です。

でも大人って
遠い昔に思っていたのと
全然違います。

全然
全然違います。

2012年5月29日火曜日

可笑しさ18% 不憫さ82%


とかく男のコは女のコのオシッコの匂いが気になるものらしい。

只今、お泊り中の男のコもその例外ではない。
数メートル先から、警察犬の追跡の如く捜査が開始される。
散歩に出ることの目的は一つではないのだ。

捜査の段階から、その執着ぶりは予想されるので
阻止する為に私も心してリードを持つ手に気合いを入れる。
大袈裟に言えばそのくらいに興味深さは頑固な力となるのだ。

昨日のお散歩の時だった。

前方に我が犬、ディーフが残した痕跡がある。
女のコだ。
それに比較的新しいものだ。
ここは早々に先を急がせようと考えていた私だった。

しかし、小指の先にリードをちょいと引っ掛けただけでも
十分なくらいの軽快な足どりにはわずかな乱れもないままに
ヒョイヒョイと鼻歌混じりで通り過ぎて行ったのだ。

あれは、通過点の印にすぎなかったというのか?

最後の一歩が、わずかに踏んだように見えたのが
最初可笑しくもあり、やがて切なくもあり…だった。

その後、またいで通られるよりは
まだ良かったんじゃないかとまで
思いいたった私だった。

なんで私が、自分を慰めなきゃいかんのだろ?


2012年5月28日月曜日

アニマルコミュニケーター


私がブログに、お客様の所のコやよそのお家のコの
写真を載せないのには理由があります。
いやいや、そもそも写真が無いではないか?と…
ごもっともです。
そこはそれとして
先ず、写真を載せると多分何を言っているかを
書きたくなることは必定だからです。

そのコが何を言っているかを書いた場合、
うちのコ、そんなこと言わないとか
そんな言葉使わないと思われることも必定だからです。

アニマルコミュニケーターの方のある本に
心に飛び込んで来る言葉は
そもそも、その時点でコミュニケーションの始まりだとか
そんなことが書いてありました。
この私がそれをスルーさせるはずはございません。

ここに一人、自己満足100%の
アニマルコミュニケーターが誕生した瞬間なのでした。

私事ではありますが、お客様のお家のコでも
通りすがりの名も知らぬコであっても
心に飛び込んで来る言葉というのがあったりもするわけです。
しかし時には、何も無く無視される場合だってあることが
よりリアルに思い込みに拍車をかけるわけであります。

そういうわけで
怪しいアニマルコミュニケーターは
怪しいが故に自己満足の世界を自由に羽ばたく為には
自ら危ない橋は渡らないという定めを課したわけであります。

ご静聴、有難うございました。


2012年5月26日土曜日

犬の感覚


以前、我が家にいたシェルティーのボックは
雨が大嫌いだった。
正確には、雨によって濡れた所を歩くのが大嫌いで
雨の日に足が濡れてまで排泄なんぞ
やってられるかということらしい。

今いるデイーフなどは我慢も限界にくると
ブルブル震え出すので、すぐにわかるのだが
ボックの場合、そんなそぶりは露ほども見せない男だった。

だが、このボック
自分のオシッコを踏むことは全然平気でお構い無しだった。
自分の一部だと考えていたからこそできたのだと思う。
雨でがイヤなのだから、完璧さにくもりはない。
筋が通った男らしい犬と思うこともできたのだが
雨如きで足が濡れる何がイヤだへなちょこめとも感じたし、
言いもしてやった。

人間とは違う感覚は面白いものだ。


ある日、庭を自由にしてお留守番をしていた犬がいた。
突然の雨だった。
ひさしの下に入って濡れずにいることを
願いながら急いで帰ってみると
犬はひさしの下で長々と寝そべっていたらしい。
濡れずにいてくれて良かったと胸を撫で下ろしたのも束の間、
近付いてみると、
半身をひさしの外にして雨に打たせ放題で眠っていた。
その半身、上下ではなく背中側とお腹側の半身で
しかも濡れていたのは背中側だという。

面白い感覚だ。

いや、でももしかしたらこれは
自由を愛する心と人への忠誠心
もしくは義理堅さの現れなのかもしれない。



2012年5月24日木曜日

その後の又三郎


すっかり回復した又三郎ではあるが
病以来、困ったことがより複雑になってきた。

好物が布系という危険な嗜好が
治まるどころか、
もう私の想像をはるかに超えた形へと
変化した。

入院の折りにも又三郎が布を好んで食べることを
先生にお話した。
そうでないと敷いて下さった毛布が
翌日の朝には世界地図のような形になっているとも
限らなかったのだから。
でも、まぁ今回は食事を摂らないことでの入院だった為
こんな失態は免れた。

又三郎の生い立ちというか我が家に来た経緯は
前に書いたのだけれど
こんな風に変な物を食べるのも母親の愛情を
一切知らないことと
いずれ私の手を離れる時にあまりに辛くないよう
私の愛情も極力抑えたことが原因ではないかと
常々思い煩っていたのだ。
母猫に愛情いっぱい育てられたコで
同じことをするコがいるとお聞きした時には
正直少しホッとした部分が無かったと言えば嘘になるが
ポツンと思ったのだ。
何故食べる?又三郎よ、と。

で、長々と書いてきましたが
肝心の最近の又三郎のお気に入り。

先ず、寝床から毛布をズリズリと引っ張り出し
フードのお皿の上に毛布の角の部分をのせます。
そしてフードと毛布を同時に食べます。
ギリッギリッと音をさせながら
フードないしは毛布の一部を噛んで飲み込みます。

ご飯とおかずということでしょうか。

「 ダメ‼ 又三郎っ‼‼ 」 と言うと
『 ニャッ 』と言って止めます。

再開します。

止めさせた
ようで
再開します。

その後の又三郎です。


2012年5月15日火曜日

あゝ それなのに。


あゝ、何を着たらいいのだろうか。

暑くもなく、寒くもなく、気持ちに張りが出て
自分自身快適で、出来るならば他者からは好感度の高い服は
無いものだろうか。

気温の定まらないここ数日、
更年期障害のホットフラッシュと
バージョンアップした体型からくる順応力の無さ。

全てが合間って、着るものが無い…。
着る自信がない。
勇気もない。

寒ければ上から何かを着る手があるのだから
暑さを考え、ここは半袖Tシャツを着たいところだが
いつの間にかチビTと化したTシャツは
逆に暑苦しいし、見苦しい。
それにも増して、息苦しい。

迎えるこの夏を考えると
身が細る思いだ。

ガリッガリのスラッスラだ。


2012年5月9日水曜日

昨日のつづき


若干フードを口にしたものの
ほんの少ししか食べなかった。

車の中ではいつになく大人しかったし
何だか目がうつろだった。

家に着いても大人しかった。
偉そうにしなかった。

ん?

熱、ある?
どうした?
しんどいの?

車の中からずっと気になり、心配になった私。

結局のところ、こうしたことで犬は思いを実現させた。

したり顔の犬に
したり顔ができるくらい何事も無くて良かったと思った私。

食後に私の服で思いっきり元気に口を拭いた犬に
汚くなった服を見ながら
これもいつも通りで良かったと思った私。




2012年5月8日火曜日

ドライフードオンリー


お腹がグゥ~と鳴っているのは犬。
私ではない。
キュルキュル~とも鳴っている。
驚くほど大きな音。
さっきからずっとだ。

空腹ないしは、ある特定の場所に駆け込む状態の時に
効果音として使って頂けないのは勿体無い。
これほどのクオリティの高い音は先ず無いだろうと思う。

犬の状態こそ普通は心配するだろうと
お思いの皆さま。
私も、犬より音に関心があるわけではない。

いたってお腹の調子が良いことは既に検証済みだ。

では何故、このような音が先ほどより
間断なく鳴っているのかというと
犬がある種のハンガーストライキを断行しているからだ。

お皿にはドライフードが入っている。
しかも大盛り。
しかし、量より質だそうだ。
そこに何か美味しいものを加えよというのが犬の主張なのだ。

お皿を見つめながら、私をチラ見するのだが
お皿を見つめるから余計にお腹が空くことになるのだ。

崖っぷちの空腹感。

毎度のことながら
小芝居に発展させる策の甘さ、
それこそがキミの敗因なんだ。

ほらね。




2012年5月4日金曜日

私の未来とその可能性について。


本屋さんが好きな理由の不動の一位は
そこには輝く未来の私の可能性やヒントがあるということだ。

しかし、これは少し前までのことであって
実は最近、そんなものがあるような気がしないのだ。

ヒントはあるのだ。
あるのだと思う。

しかし、可能性が感じられない。

電球がパッとつくような
気分が高揚するような
そんな風な盛り上がり方をしないものだから
輝く未来も、未来の私の可能性も
あの大きな MARUZEN & ジュンク堂 でさえ見つからないでいる。

どおりで町の本屋さんでは見つからなかったはずだ。

問題はその理由だ。

難しいことではない。
わかっている。

Facebook ちんぷんかんぷんでは
私の未来は輝かんだろということなのだ。

それを私は本屋さんではなく、
よりによって爆睡しながらヒクヒクする犬の横で感ずいてしまったのだ。

せめてヒクヒクはしていなかったらと思わずにはいられない。

2012年5月3日木曜日

あれ何? あれは犬のマイブーム。


「 何であんなにアイツは偉そうに言うんや? 」と主人が聞いてきた。
アイツとは犬のこと。
偉そうに言ってるのは、トイレに連れて行けという催促。

「 ねぇ、トイレに連れて行ってぇと言えばいいんじゃないか 」と
主人が可愛く言った。

私もそう思う。

何しろ 『 何してんのよ! トイレよトイレ。
もう!トイレって言ってるの‼ 』
てな具合だから。

こんな会話をしていたのは揃って帰宅した時だった。

何よりも先ず一番に家の中に入って行った犬が
大声でわめいているからだ。

「 あれ、何? 」

「 最近いっつもそう。
真っ先に入って行って、奥から叫んでる。
早く入って来いという意味らしい 」

荷物を先に運び入れていた主人が
「 確かにそう言ってたわ 」と車に戻って来た。

玄関のドアを開けると、
『 お帰りっ 早く早く 』と嬉しそうに犬がいた。

そして、靴を脱いだら始まるのだ。

歩く私の前を行き、
後ろを振り返り振り返り
『 さぁ こちらに、こちらにどうぞ 』と案内する。

「 わかってる。案内して貰わなくても。
ここは私の家でもあるの! 」
とか、ごちゃごちゃ言ってる私を無視して

『 さっ こちらにお座りください 』とくるりと回り、
得意気な顔。

お招きしている自分が気に入ってるのか
お招きしてあげた私を見るのが好きなのか
とにかくお気に入りの小芝居につきあわされる。

仕事が終わって、ホッと一息の我が家に着くなりのこれ。

こうなれば
『 お疲れでしたでしょ? 』まで言わせてやるのだ。

2012年4月30日月曜日

犬の怖がるもの。


犬が我が家にやって来た当初、犬には何も怖いものがなかった。

翌年、花火が怖いと言い出した。
前の年には淀川を渡る時に一緒に花火を見たはずなのに。
見上げるくらいのま近で。

次の年、雷も怖いと言い出した。
怖がりようは半端ではなく、
机であろうと本棚であろうと
キミは猫か?と言いたくなるくらいに
高い所に上りたがる。
犬が収まる分以上に、床にはいろんなものが散乱している。
普通はどこかに潜り込むところを
上って見晴らし良くしてどうする?と
首を傾げる。
それ以上に、上ることの方が怖いだろうに。

あれから数年、
突然に花火も雷も怖がらなくなったので
私は真剣に、とうとう耳が遠くなったと
どれだけさみしく思ったことか。

なんのことはない、耳は無事だった。

そして、いよいよ
いよいよ犬は、犬の鳴き声を怖がるようになった。

とりわけ甘えを含んだ高めの声だ。
こういう声の主には大型犬はいない。
小型も小型、どうにかしたら超小型の仔犬だ。
情けないどころか
最早、あほらしいと言える。

ブルブル震え出したかと思えば
しがみついたり、脇や足の間に頭を突っ込んだりで
身動き一つとれないこっちはたまったものじゃない。
もしかして、嫌がらせなのかと何度思ったことか。

しがみつかせも、突っ込ませも阻止すれば
ついには、高い所に上った時と同じ道理か
声の主から遠ざかればいいものを
ブルブルしながら近付いていく。

ブルブルしながら近付かれる相手の方が
何倍も怖いだろうと思うほどにおぞましい顔。

この先、何を怖がるのかと考えたら眠れなくなりそうだ。

その対処法は
今度こそ私が怖いものになりそうで怖い。

2012年4月29日日曜日

犬に学ぶために…。


犬に学ぶという点において
私の場合、それは特に高齢になった犬からが多い。
とりわけ看護や介護といったことが必要となった犬からだ。

それが何故なのかと考えてみると
私自身の側の受け皿の違いなのかもしれない。

若い犬に対し、私は多くを受け取りながらも
一方で多くを送っている。

これして、あれしてという要求の類いのものや
イヤだ、ダメだという拒否の送受信みたいなものだ。

しかし、要介護犬となれば
私からの要求は激減する。
拒否は皆無となる。

犬の一声や動きから
何を伝えようとしているのか、
何がして欲しいのか、
そればかりを考えることになる。

不自由になった目や耳や足の代わりとなり
私ができることは何かを探す日々だ。

そんな中で、それが要求ばかりではなく
愛情に溢れていることにも気付かされる。

私を思いやり、頑張って生きていたのだと
気付かされる最期の何と多いことか。


年齢に関わらず犬が何を言い、
何を望み、それは何故なのかということを考えることが大切なのだ。

若いということだけで安心して拒否することも多く、
見逃し聞き逃していることが多いのだとすれば
それはとても残念なことだ。

私は大きく深い受け皿になろうと思う。


「ディーフ 何か言って?」
「何もないの?」
「一つも?」
「まったく?」
…………………………………

「それはダメよ」

2012年4月28日土曜日

新しい気付き。


私は元々、食事中にポロポロこぼすたちではない。
とは言え、全くこぼさないかと問われれば、
全くこぼさないとは言えないけれど
小学生並みにそこまでムキになって聞かれることもないだろう。

聞かれることはないのだけれど
私自身が小学生並みにムキになって言っておきたいのだ。

私はそんなにこぼすたちではない。

私は今日、一度目は食べ物を
二度目は飲み物をこぼした。

そんなこんなで、私は自分で気付いたのだ。

どちらの場合も
落下物は私の服の右胸辺りの同じような位置に印をつけた。

私って、口の右側の守備があまいってことじゃないかしら…。

2012年4月21日土曜日

Facebook デビュー


昨日のブログがFacebookデビューになるのは
さすがの私も恥ずかしいので、
それなりに相応しく真面目に書くことにします。

以前にも書いたことがあるのですが
私は犬のことを犬と言い、犬と書きます。
私は人間と言われる機会はそうありませんが
私が人間だということと同じように
犬が犬だからです。

ワンちゃんと言わないと疑問視されるような風潮、
雰囲気があることがちょっと残念でもあります。

未来の世界で
私は猿に『ペチャクチャちゃん』と呼ばれたり
分布域上、時に『デンガナマンガナちゃん』などと呼ばれるよりは
『人間』又は『関西人』と呼ばれる方を望みます。

私は私の犬を『私の犬』と言い、
私の犬は私のことを『私の人間』と表現します。
私たちは公平であり、良好です。

(真面目:レベル2くらい より)

2012年4月20日金曜日

ドーナツと私、それには駐車スペース。

ドーナツを買おうと思った。

チャンス!
お店の前にスペースがある。

指示器を出して横に寄ろうとした瞬間
ものすごく悪いタイミングで、
ものすごくイヤなスピードでバイクがやって来て、
ものすごく感じ悪く場所をとられた。

そうきますかって感じ。

怒り+落胆の中
食べない方がよろしいと神か仏が申されたのかもと
諦めかけたものの
これしきのことで、お忙しい神や仏は何も申されぬはず。

申したとすれば、あのバイクの戯言。

車とバイクの駐車スペース取りだから負けはしたが
これが百人一首のカルタだったら
そうはいかない。

どこからの声かわからない位の気合の一声と共に
部屋の隅に飛んで行くスペースが
バイクよ、キミに想像できるか?

ドーナツが食べたい勢いとはこんなもんだ 。

もしやキミはそれ以上だったのか?

2012年4月19日木曜日

むめいばし

道路脇に むめいばし23号橋と書いてあった。

橋?
よく見ると、溝を少し大きくした程度の用水路があって
そこに、なるほど小さな小さな橋がある。

むめいばし という言葉がなんだか寂しくてわびしくて
何度も心の中でつぶやいた。

むめいばし…

むめいばし…。

それならいっそのこと、23号橋だけでよかったんじゃない。

むめいばしという名前のひっそりとしたその橋には
今日から名前がある。
私だけしか知らないけれど。

2012年4月18日水曜日

寒川猫持歌集 「 猫とみれんと 」


お気に入りの一冊です。

ドッキリするような恋の歌もあります。
とっても可笑しいお医者さんネタもありますが
ここはやっぱり、猫の歌を紹介します。

もみじ饅頭一個くわえて走ってるあの縞縞がうちの猫です

尻舐めた舌でわが口舐める猫好意謝するに余りあれども

私は好きですがもっと汚いのもあります。
書きたい…けど書けません。

いや、自分をさらけ出す勇気を持ちたいと思います。
勇気を持って書いてしまいます。

前足を掻く爪音に目覚めたら湯槽の中でうんちしとった

(。-_-。)他者(ヒト)の歌勝手に紹介したあげくお粗末でしたとここは言っとこ



この歌に登場しているニャン吉くん。
20年一緒に暮らし、亡くされた時の歌があります。

あまりにもまっすぐで胸を突き刺された感じでした。

こんな短い歌なのに、私のあの日を
これ以上には表現できないのではないかと思うのです。

心の奥底にしまいこんでる気持ちを
表現してもらったような特別な歌です。


赤い日が仏陀よ海に落ちましたわたしの猫が今死にました

2012年4月17日火曜日

素朴な疑問シリーズ第3弾。


この写真は口にくわえられた末にブンブンの刑に
処せられているオモチャの写真です。
赤と緑の色と化しているのがトマトのぬいぐるみです。

そして一緒に写っているのは執行犬、
トイプードルの女のコ
本日の疑問の主役、アロハです。

注目して頂きたいのがアロハの下半身。
背中から腰にかけてぶれていません。
ここはほぼ動いていません。
後肢はややぶれています。

顔面はこれはひどい。
ひどいブレです。
鼻を中心に高速でくわえたオモチャを振り回しています。
右に180度、左に180度、
猛烈なスピードでブンブンです。
もう顔もオモチャも同化するくらいのブンブン加減です。

これがさっきから続いています。
私はトマト投げ遊びから置き去りにされ
急遽、観客にされました。


ここで疑問が生まれました。

何故、アロハは床に顔をぶつけないのか?
何故、アロハはフラッともヨロッともせず
止まった時にシュッとしていられるのか?

何度繰り返しても一向に減速せずに振り回しています。
やってます。
八の字旋回までやってます。
そして何事もなかったかのようにシュッと終えます。
やってます。

それにしても何故?
アロハはこれのどこが面白くて延々続けているのでしょう??

2012年4月16日月曜日

悲しみを乗り越える為に…

昨夜、食事をしている時に
隣りのテーブルの女性客の声が聞こえた。

「 自分の所の犬が死んで、
すぐ新しい犬を飼う人の気持ちが理解できひんわ。」

前後の話の様子から、
明らかに批判的に響いた。

すぐというのにも色々あるのだろうけど
批判的なもの言いに対する率直な私の気持ちは
小さな声になって飛び出した。

「 幸せな人…。 」

話が聞こえていた主人も私の言葉に頷いた。

あの絶望的な虚無感をうめるものなど
他には無いことが私たちにはわかっている。

勿論、言ってる意味はわかる。
それに確かに、あんたには次の犬は無い
ときついことを言いたくなる人もいるのは
否定できない。

だけど、大勢の人間は亡くしたことで苦しんでいる。

悲しみと絶望にあがいている。

悲しみも自責の念も寂しさも虚無感も
色々な思いが入り乱れ、重なり合う中で模索し
ようやく背負えるくらいになったところで
中には逝ったコに詫びながら
新たなコを迎える決心をする人もいるのだ。

理解できないのは仕方がない。
経験していないのだから当然だと思う分
批判はできないし良くないと思うのだ。

人は様々だ。
様々に生きている。


そして犬もまた、様々に生きている。

誰かの手が差し出されるのを
命がけで待っている犬もいる。

互いの不足を補い合える相手が
もう待っているのかもしれない。

2012年4月11日水曜日

乗ってる?



朝の出勤時の一枚。
定位置の助手席から
後部座席にいる私を確認している犬です。

主人がいる時は運転をお願いします。
当然助手席は犬の場所。
私は黙って後部に座ります。

動き始めると私がちゃんと乗ってるか不安になるのか
『 乗ってる? 』と振り返り
必ず聞いてきます。

やがて、このまま
うつらうつらし始める犬です。

本当は後部座席より助手席の方が
うんと好きな私ですが
「 乗ってるよ 」って応える時の幸せ感が
後部座席にはおまけで付いてくるんです。

2012年4月10日火曜日

犬に寝違いはないのか?の第2弾 目に毛が入っているのに何故平気?

ということで、
私の素朴な疑問シリーズからの第2弾。

眼球に傷がつくと
当然のことながら、涙が多くなる。
目をシバシバするし、
普通には開けられない状態にだってなるし、
閉じたままで辛そうにだってなる。

私は自分自らの睫毛だって
それどころか服の繊維だかなんだか
光に透かして、ようやく存在が確認できる程度のものや
どうにかしたら
どうにもこうにも姿も所在もわからない程の
極限のひ弱なものにだって
完全に涙ポロポロで目は開けない。

なのにキミたちは
自分自身の硬い毛だろうが
例え、それが束になってかかってこようが
それで完全に視界が遮られていようが
全く持ってお構い無しに
ご機嫌でいられるのかが
本当に
本当に謎だ。


『 それしきのこと謎だなんて笑っちゃうね。
傷がついたわけじゃあるまいし
目ん玉に物がのったくらいのことで
ガタガタ騒ぎなさんな みっともない。
ましてや自分の毛とくりゃあ上等じゃねぇか。
こちとら伊達に全身毛に覆われちゃ
いませんぜ 旦那。』

うちの犬の言いそうなこと。

2012年4月7日土曜日

犬に寝違いはないのか?

高齢の犬が同じ姿勢のまま眠っていると
起き上がる時だとか動こうとする時に
その経験あるあると言いたくなるような
ぎこちない動きをよくするが
だからと言って、『 イタタタ 』とは言わない。

若い犬だって
その首の方向はおかしいだろ?とツッコミたくなる姿勢で
寝ていたりするが
やっぱり 『 イタタタ 』とは言わない。

イタタタどころか
何てったってスゴイのが
横向きの姿勢で寝ている時に
宙に頭を浮かせたまんまでいることだ。

眉間にシワ一つ無い涼しい顔して寝ていたりする。

まさに今、その状態のうちの犬。

感心していると、
頭を浮かせたまま私を見て
余裕の大あくびなんかもしてみせちゃったりしています。

調子にのっています。

2012年4月1日日曜日

分離不安による問題行動、あれから一年…。

Moonが私のそばからいなくなって一年が過ぎた。

一年前、私はMoonを母に託した。

亡くなった母はMoonを知らない。
だけど母がMoonを好きになるのも
Moonが母を好きになるのも
私にはわかっていたから
だから全然心配はしなかったし
今も心配はしていない。

問題は私の分離不安だけだと思う。
Moonの入院に伴い発生した問題は
そのまま続行する分離状態に不安は消えずで
大問題へと発展したが
年月と共に諦めるということも同時に学びつつある。
一年経って、ようやくこんな感じだ。

声がかれようが
リードが切れようが
物が壊れようが
どうにかしたら怪我をしようが
何がなんでもそばにいて欲しい、
そばにいたいと思う犬たち。
人が言う《分離不安による問題行動》は
あっても仕方がない。
私はキミたちを肯定する。
少なくとも否定する権限は私には無い。

共に暮らす月日の短さを思えば
問題などそこには無く、
家族冥利に尽きる愛情だと、私は思うのだ。

一年経って、こんな感じだ。

2012年3月28日水曜日

良いコ時々困ったコ

良いコと
困ったコ以外に
良いコ時々困ったコと
困ったコ時々良いコがいると思う。

後何々もあれば一時何々もあるだろうけど
後に悪くなるのも
一時悪くなるのも
納得させられる理由がありそうだ。

しかし、時々というのに関して言えば
理由がある時もあるが
無い時がとても多い。
気分的なものだとか
何かのスイッチがあるかのように
急にオンされてしまうことだってある。
うちの犬を見ていてそう感じる。

まぁ、勿論良いも悪いも人間サイドの基準であって
犬サイドでは全然違う評価があるのかもしれない。
落ち着きの無い様子や大声や
あり得ないものを口にしたりするのも
犬サイドでは何てカッコいい
憧れの振る舞いということだって
あるかもしれない。
あるだろう。

しかし、人間サイドでの評価でいくと
良いコが時々困ったコになるのと
困ったコが時々良いコになるのとではどちらが良いか
助手席にいる前者の犬を見て考えていた。

殆どの時間を良いコで過ごしてくれる方が
絶対に生活はラクだと思うし、
私もそこらへんは感謝している。
しかし、時々するあり得ない行為に
一体キミは何を考えているんだと落胆する。
犬は大きなマイナスポイントを獲得することになる。

それがこの反対で
普段困ったコが時々良いコになると
やればできるコと期待が膨らむ。
将来性をも加算したプラスポイントになる。

と、こんな感じで考えていて
気が付くと犬と見つめ合っていたようだ。

『 じゃ、後者に変えよか? 』と軽い調子で
犬の目が言った。

「 いえ前者で 」
不覚にも即答してしまった私の目。

素早く目をそらしたものの
それ以上のスピードで
『 そらそやろ 』と犬は言った。

2012年3月27日火曜日

このバトル、なにバトル?

お店のコになったアロハ。
トイプードルの女のコです。
ご来店頂いた方はご存知なのですが
主に、『 誰かきた~!!! 』 とか
『 誰か帰る~!!! 』 とかを
二階までも知らせる役目を買ってで
真剣に全力で日々任務を遂行中です。

このアロハさんとお客様のコーギーくんは
お互いを意識する仲。
と言うか、
互いを認めるや否や言葉のバトルが始まります。

明らかに他のコとは違う態度に出るのです。

思うに
恐らく
アロハが 『 ガキンチョ 』とからかい
『 ブス 』 と応酬したのが
事の始まりではないかと思うんです。

『 変なシッポ 』 と言われ
『 悔しいなら伸ばしてみなさいよ 』と反撃し
ついには『 短足 』とまで言ってしまったのでは
ないかとまで思えるわけです。

ある程度までやり合えば
全て出尽くし、
沈黙の後、見つめ合うパターンも有りや無しやです。

さてしかし、
これが一向に終わらないとすれば
それは、人間のおかしな所を言い合うゲーム。
だったら頷けませんか?

わかってます。
わかってますって。
普通は考えないです。
それ以前に
悪口の言い合いも
恋に発展するパターンも
普通は考えないです。
私だけですともわかってますとも。
でも何人かは頷いていますとも。

このゲーム
かなりの月日を遊びますよ、彼ら。
人間のこと、よ~く見てますからね。

とうとう、あなたも頷いちゃいましたね?
ベースはゲームしていたら…ですからね。

2012年3月25日日曜日

客観的に自分を見て。

恐ろしい。
おぞましい。

体重計に表示された数字に
数字並べ以上の意味を与えず、
鏡に映る自分の顔は
輪郭より内しか見ず、
窮屈になった服は
縮んだのだと布のせいにし、
姿見は仕舞い込み、
お店のガラスに映りそうになった全体像には
マッハで目を伏せ、
不意打ちで間に合わなかった時には
咄嗟に頭のてっぺんか足元に焦点を定め、
知らん顔して生き延びて来た私。

例の RICフェスタの模様の画像に写る自分の姿に
あ~私は終わっていると自覚した。

さすがに正面から見た自分がどんなだかは
薄々感じてはいたものの
横からは…… 絶句。
あれはない。

あの厚みのあるボディー。
前にも後ろにも、人が入っていたとしても自然、
全然おかしくない。
おかしいのはむしろ、私一人分だという方だ。

私一人であの厚み。

この期に及んでも
この厚みとは言わない。
言えない。
言わせない。


オーイ、遠藤さ~ん。
あなたがいつか言っていた
日本のお袋像に
きっとなれるわ私。

いえ、楽勝でなってしまったわ私。

2012年3月23日金曜日

大人の女性を夢見ていた頃
“雨の似合う女性” になりたいと思っていた。

内面から滲み出る雰囲気。
外見からも伺える雰囲気。
雰囲気は出すものではなく
そこはかとなく漂うものだから難しい。

(難しい。
なぁんてかしこまって言ってる時点で可笑しいって。)


“雨の似合う” とあっては
雰囲気あり過ぎで
無いものねだりも甚だしい。
と思い始めて、んー十年。

こんな話になったのは
今日は雨だからだ。

雨の日は髪がクルクルしだし、
あっちにこっちにと自由解散する。
早い話、お好み焼きの仕上げにのせられたかつお節
みたいなもんだ。

冷めた後のかつお節が
ヘナヘナになってへばりついているだけのように
一仕事終えた私の髪だって似たり寄ったりだ。


突然の雨。
そっと雨宿りする女性。
でも何だか止みそうな気配は無い。
仕方なく、コートの襟を立て雨の中に…
歩みはほんの僅かに速い程度だ。
綺麗な小走りができるなら、それも可だ。
そして、その後の行き先が肝心だ。
雨の似合う女性は静かでオシャレな場所に
向かわなければならない。


半目の猛ダッシュでお好み焼き屋さんに向かったのが私だ。
それだけのことだ。

2012年3月22日木曜日

犬の言葉

うちの犬のワンワンは
『 トイレする トイレする 』と訳すことができる。

基本的には概ねこの訳だけでよい。

いたって無口な犬の為
そうそうおしゃべりはしない。

普通ならば気になって仕方なさそうな
変な物音には無頓着だし
他のコが賑やかにしていようが
そんなものは知ったことじゃないらしい。

食べ物が欲しい時は
坊さんが……いや、だるまさんが転んだ遊びも佳境の
タッチ間際のようにじわじわ顔を近付け
ポタ~っとヨダレを垂らすくらいで
言葉を発するほどの口を開ける必要などない。
それに声にするよりもヨダレの方が反応が面白い。
そして効果的だということもわかっているのだ。

その代わりというのか
目は恐ろしいほどに
ものを言う。
心に語りかけて来る分、時にジワッと
時にビシッとバシッと
ズキンとくる。

大抵の場合が
非難めいて思えるのは
被害妄想だろうか。

しかし、この犬
ここ最近大声を発することがある。

すごく迷惑な話だ。

私の帰りが遅い時は
一緒の犬も帰りが遅くなる。

特に遅くなった時だけ、車から下りた途端
猛烈にワンワンワンワン大声を出す。
夜の町内には不釣り合いな声だ。

訳すと内容はこうなる。

『今、帰りましたよぉ!
この人、今帰ったんですよぉ!
私も今まで帰れなかったんですよぉ!
ご近所の皆々様ぁ お騒がせしておりますぅ! 』

お騒がせは犬の方だ。

「 やめてよっ!!! 」 と叫んでしまうと
事実を認め、知らしめた上に
一番のお騒がせは私になってしまう。

勿論、「 うるさい!!! 」などもっての外。
鬼の烙印まで押されるのは何としても避けたい。

犬の口を塞ぐかのように
ひっちゃかめっちゃかになりながら
家の中になだれ込み
必要以上の小声で「 何でそんなこと言うのよ!? 」の私に
例の目つきだけ残し去って行く。

その時の後ろ姿の足取りの軽やかなことといったら
絶対にfufufuーnnって鼻歌交じりに違いないったらありゃしない。

2012年3月20日火曜日

いぬ、やってます。

犬が眠っている。
さっきから、ずっと眠っている。
私が食事をしようとしていたのに
全然気付かずに眠っていた。
あんなに音を立てたのに
あんなにま近で見つめたのに
それでも気付かずに眠っていた。

つまらない。

もう少しで
ちょっかい出してしまいそうだ。

お酒も煙草もやらない私だけれど
犬やってます。
超ヘビーにやっています。

こんなに長い時間
触れずにいるのは苦しい。
ムズムズする。

犬中毒、禁断症状出現中。

2012年3月18日日曜日

ご報告遅くなりました。

ドタバタの準備は結局
とりあえず 車に詰め込み作戦 の指令を己れに発令し
睡眠時間三時間で六甲アイランドの地へと出陣しました。

人生初のテントの
テントの何って言うのかも知らない私は
とにかくテント作りに四苦八苦でした。
強風は本当にキョウフーッ!て感じで
お隣のテントが飛んで
反対側の隣りの隣りも飛んで行っちゃうくらいで
その設営?と搬入だけでこの日の体力を
殆どもっていかれた感じで
小雨がポツリとしだしたり
急に寒くなりだしたり
一日中立ちっぱなしだったり

しかし
それでも
断然、楽しかった~\(^o^)/

だってですよ、めちゃくちゃ沢山の犬たちが
競技に出場するコもしないコも
みんながみんな笑顔いっぱい幸せいっぱいで
あっちでもこっちでも
ハチャメチャしたり
ずっこけしたり
ちょこんとお利口していたりで
そばにいるだけで嬉しくなってしまいました。

こんな素敵な2日間を過ごせて
心から良かったと思います。

で、お気付きの方は既にお気付きされちまったと
私の方はヒヤヒヤものですが
その模様と言いましょうか
証拠写真と言いましょうか
えーえーそういう類いのものは
一切ないのですいっさい。

瞬間瞬間をメチャクチャ楽しむと
人間はシャッターチャンスを逃す逃す。

そこで、RICフェスタで検索して頂けると
私如きが出る幕ではないくらいに
その模様が手に取るようにおわかり頂けるかと存じます。
散々イベント出店イベント出店と言っていた私が
この期に及んで、おしゃれに何がフェスタやってことも
この口が言えることではございませんが。

終わってからの今までにつきましては
ブログの更新も無く、
何をしてたんやっ?ってことかと
感じ入るところでございます。
しかしまたそれはそれ、
ドタバタの準備があれば片付けもあるということで…。

2012年3月8日木曜日

そんなアホな いい加減にしなさい

あまりにもおかしなことで以前にも書いてしまった。
だけど、やっぱりおかし過ぎる。
何度書いてもおかしさに変化はないだろうが
自分の胸の内だけでは
もう抱えきれない。

あー‼
なんだ?
本当にどうなっているんだ?
あり得ない。
そんな馬鹿なことあり得ない。

お水を一口飲んだだけで排尿し、
フードを一口食べただけで排便する
うちの犬。

トイレタイムに私は
関西お決まりのツッコミしか言葉がない。
「 そんなアホな 」
「 いい加減にしなさい 」


イベント開催までに明日あるのみ。
遅々として進まない準備に嫌気がさし
我が犬をネタにしてしまった。
しかも半下ネタ。
頭ん中ぐちゃぐちゃの沸騰の成れの果て。

『 なんでやねん?!!! 』

犬の最上級クラスツッコミ返しにあう私。

ズルッ………とこけてからの(( _ _ ))..zzzZZ

いい加減にします。
すみません。

2012年3月7日水曜日

今日も今日とて…

昨日に引き続きタイトル通りの今日と
今日の私。

イベントに出店などと
珍しいことがあるもんだと周囲の人が言う。

私だってやる時はやるのだと言いたいのだけれど
実際のところは掃除しているだけの私に
偉そうなことは言えるわけはない。

こうもはかどらないもんだろうか?
あ~やっぱり試験勉強と一緒だ。

後悔の二文字を漂わせ始めた私に
友人が言ってくれたのは
出店って、やってみると楽しいということ。
終わった時には達成感さえあるという。

思い出の中に戻った友人が気持ち良さそうに話すので
「 マラソンみたいに? 」と尋ねてみると
「 そう マラソンみたいに 」と笑いながら言った。

そっかぁ。
そんなに達成感があるんだ。

恍惚の表情でゴールをきる人達が浮かんでくる。

そして、一人のクローズアップ。
案の定、両の拳を高く突き上げる私の姿。

と、足元にはホウキとチリトリ。

その達成感って、掃除終わってるだけやん。

アホやん もう あかんやん。
想像すら、掃除で終わってるやん。

2012年3月6日火曜日

イベントに?! 私が…?!!

来る3月10日(土)・11日(日)
六甲アイランド芝生広場にて
アジリティーの競技会があります。

その日、うちも出店することになりました。

出場ではなく出店です。

出店とも偉そうには言えませんけど。

2日間で4000人と
400匹の犬たちが集まる見込みだそうで
ワクワクしています。
大勢の犬です。
ワクワクです。
そういうことです。

とは言え出店するからには
先週くらいから準備しておくのは当然のこと。
そこが、ほれこの私ですから
今日一日中、お得意のジタバタをしていました。

結局のところ準備していたのか
大掃除していたのかが自分でも微妙です。
どちらかはっきりしろと言われるなら
あれは掃除以外のなにものでもないと言っておきましょう。

思えば私は学生の頃から
試験勉強するつもりが
先ず部屋の掃除から始める変な癖があり
何十年経とうとも人間そう簡単に変わるものではない
ということがよくわかりました。

明日も掃除の続きが残っているので
本格的準備が始まるのはいつのことか…
残るは3日。

不安いっぱいで掃除も手につかなかったら
それに続く予定の本物の準備が
心の準備だけで終わってしまう…。

ということで、
本当に出店しているかどうか
確認にお越し頂くという案は如何なものでしょう?

2012年3月5日月曜日

犬+猫+人間=幸せの基本形

又三郎が体調を崩してから
毎日一緒に出勤している。
犬のディーフと猫の又三郎と人間の私と。
家族揃っての出勤だ。

これで全部。
大切なものはみんな一緒に車の中。

もうずっと何年もずっとずっと誰かがお留守番を
していたので
気持ちの一部は常に家にあって
帰りが遅い時とか
雷が鳴っている時とか
ことあるごとに心が家に向かっていた。

でも今はその必要がなくなり
なんだか強くなったような気持ちになる。

何だってできるし
何処にだって行ける。

かと言って、特別何もしないし
何処かに行くわけでもないんだけれど

それでも
私たちは何だってできるし
何処にだって行けるって

本当にそう思えるから不思議だなぁ。

2012年2月23日木曜日

しっかりしろ 耳。

お客様の所にお迎えに伺った時のこと。

マンションのチャイムを押すも応答が無い。
もう一度押してみる。
やっぱり応答が無い。
お約束した時間だからおかしいなぁと思い
もう一度押してみる。

お留守の御宅のチャイムを何度も押すのは
何か気が咎めるのだが
たまたま聞き逃されたかもしれないし
テレビの音にかき消されたかもしれないし
トイレ中かもしれないし
ベランダにいらっしやるかもしれないし
私は色々考え過ぎてしまうたちなのである。

そのくせ、
私が原因で周囲にお留守を知らしめていないだろうかとか
今、出ようとされている矢先に又押して、
あわてておられるところに又々押して
うるさいことこの上ないなど
何としても絶対に避けたいたちでもあるのだ。

そんな葛藤の中、今日は3度も押してしまった。

やっぱりお留守みたいだと諦めかけたその時に
丁度、どなたか人が来られたこともあって
その場を立ち去りかけた。

まさにその時

『 ◯ぁ… 』と聞こえた。

思わず「 あっ 」と声が出て一歩戻ってしまった私。

そして2歩目の足が浮きかけ…

どこぞで 「 カァー 」

エェーッ! カァーってか!!?

私一人だったら
なんてこた無いんだけれど
一人じゃないと辛いこともあるんだよねぇ。

2012年2月22日水曜日

何を考えたらそうなるの?

車の中で、私のトートに頭を突っ込んで
物色する犬。

確かにいい匂いがするでしょう。

ばれた。

やめて。

やめなさい。

と言いながら、見てみると
頭の動かしようが違う、おかしい。

何かを物色しているようでも
目標を定め奮闘しているようでもない。

よく見ると…

やっぱり頭を突っ込んで

そして……
トートの内側の布で顎やら口辺りを
ゴシゴシきれいに拭いている…………(;゜0゜)

頭突っ込んで内側で拭くって……………(−_−;)


ちょっとっ 初めてじゃないでしょ?!!!

2012年2月19日日曜日

気になる~っ。

トリミングの後、送らせて頂いた帰り道のこと。
道幅の広い大きな道路のわりに
車の往来も少なく、
飲食店が点在するものの
その時間帯は人の気配もまばらな道路。
とにかくその時はひっそりとしていた。

このひっそり感が今日のお話には必要なので
ひっそりを強調しておきたい。

ある一軒のお米屋さん。
入り口は閉ざされ、中は全く見えず。
看板でお米屋さんであることが
ようやくわかる。

その扉に一枚の手書きの貼り紙。

『 あの … たくあん入りました 』

あーっひっそりしてるぅー。


『あのたくあん』 ではなく、
『あの … たくあん』とは やられた。

すんごい控えめなのに
このアピール力の強さ。

たくあんも気になるけど
書いた人も気になる。

いや、たくあんより書いた人。

んー?
たくあんは売れんかもしれないけど
中に入る人、
少なくても覗き込む人は増えると思うな、私。

2012年2月12日日曜日

確かに日は長くなった気はするが…。

少しずつ日が暮れるのが遅くなってきました。
ちょっと得した気分になります。
時間は同じだけしかないのに
仕事が終わったら何をしようかとか思ったりして
2時間くらいゆとりの時間ができたような
そんな甘い考えでいる3時、4時、5時です。

みんなのお世話をしたり、その日の最終の作業をして
6時、7時の閉店時間です。
エーッ外は真っ暗で
しかも、また冷え込んできています。
しっかりともう夜、
寒~い夜です。

「 もう今日は早く寝るよ、キミたち。
協力するように、わかったね。」
まっすぐに家路につきます。
*
*
*

言いつけ通りに眠る準備を始めるものわかりのいい犬と猫です。

その横でウダウダグダグダ
何するでもなく
かと言って何もしないでもなく
今頃する必要も
これからする必要も無いようなことを
してみたり
やめてみたり
思い出してあれやったり
また思いついてこれやったり
やっぱりいいかとやめてしまって
だけどこれだけはして……

いや~もうおっそー こんな時間。

ここしばらくの日の長さは
私が中途半端になるだけの日の長さです。

2012年2月9日木曜日

奇跡的チャンス

寝転んでいる時に出る咳は
とても腰にくるという話ですが
実はこの間、試してみたいと思っていたことを
実行するチャンスに恵まれました。

なんてことはないのですが
どういう風の吹きまわしなのか
犬がお布団に入れて欲しいと言ってきたのです。

しかも丁度私は右向きに横になっていて
その右側に同じく右向きで横になった犬の背中が
良い具合に密着しました。
まさにこれ。
私の理想型ではありませんか。
そして、見事に咳も出ましたのよ。

結果、何と身体がしっかり固定されて
痛みは比べようもないくらいに少なくて済みました。

いよいよっていう時に絶対に
どこかに行くだろうなんて
失礼致しました、ディーフさん。

確かに咳の時は大いに助かるのです。
ですが一緒に寝るには、あの方ちと大き過ぎるようで
首というか肩というか
お布団が身体に添わず
まる空き状態でスースーし過ぎに。
これじゃ治る風邪も治らんね、ディーフさん。
と同時にディーフは
自分の暖か寝床に帰って行きました。

「 わがままもいい加減にしてよね 」
の鼻息を一つ頂きましたとさ。

2012年2月8日水曜日

犬に向かって言う言う。

高校生の頃、我家にはイングリッシュシープドッグという
大きなモコモコの毛の長い犬がいた。

一年生の夏休みにやって来たこの犬が
可愛くて仕方なく、クラブをやめて帰宅部になった。

目も毛で見えなければ、お尻もそうで、
元々ほんの僅かお留守番の時間が長かっただけで
お腹の調子が悪くなる甘えん坊だったので
私はしょっちゅうお尻を覗きこんでは
おあとの始末をさせられた。

夏場、お風呂場でお尻だけにせよシャンプーするのは大変で
窓を開けても暑くて暑くて
その上、少しもじっとせず
座り込んでガードしたり
まだ綺麗になってはいない状態で
思いっきりブルブルするものだから
ついつい大きな声が出る。

「 誰もこんなことしたくてしてるんじゃないよぉ!
こんなお尻でどうする気よ?!
クサイクサイお尻はイヤですっ!!
少しは協力しようとは思えへんの??」
とか何とか、こんな調子で怒っていた。

母がこれを聞きつけてお風呂場にやって来た時は
これは助っ人、有難いと思ったもんだ。

しかし、母はその為に来たのではなかった。
「 恥ずかしいから窓を閉めなさい 」

確かに窓は開いている。
開いているからまだ我慢も遠慮もしていたのだ。

閉めた後は、そうなるよ。

そうだな、このあたりから私、
犬にも人と変わることなく話していたわ。
長くても当たり前。

昔、友人が言っていた。
「 小さい頃、お父さんが猫にいい天気やなぁと
言ってるのを聞いた時、
子供心にお父さん大丈夫か心配になったわ 」

私は、「 ふうん 」しか言えなかった。

2012年2月7日火曜日

仰せの通りに致します。

朝、出勤の為の準備をしていて
出掛ける直前までぐっすり眠り込んでいる犬が
お見事なタイミングで起き出し、
早くしろとばかりにワンワン催促するようになった。
今までは何度も何度も揺すって起こしていたのだから
そのことではラクチンなのだが
催促がものすごく高圧的なのだ。
目ヤニのついた顔で言われたくない。

鼻からチューブだった又三郎も
タイミングを心得て来て
のびーっとした後
やっぱりニャーンと言う。
良いことは真似しないのに
真似して欲しくないことは
あっという間に憶えるのは
何故だろう。

偉そうな一声で
一緒に連れて行くと
思っているのかキミたちは。

この先10年も20年も
ずっと偉そうにして欲しい。
ずっとずっと一緒にいたいのが
わかっているのかキミたちは。

2012年2月6日月曜日

あぁ又三郎 2日目

未だ食欲が無いので、このままだと再び鼻からチューブ。
お先真っ暗な私に対し、
又三郎くんはフードを食べずに大好きな毛布を
カチカチ噛み始めた。
昔からこういった布系が大好きで、
大好きの意味が違うまさかの好物なのだ。
具合の悪い時には毛布は寝る為のものになっていたので
このままこの悪癖とはおさらばしてくれるかもと
淡い期待をしていたのだけれど
なかなかどうして、
やはりそう簡単にはいかなかった。
ぼやける程に淡い期待しかしていなくて
本当に良かったと思う。

ただ、毛布を噛み始めたということは
食欲が出て来たと言えることになるわけで
昨晩、目出度くドライフードを食べるところを
確認することができた。
ホッとした。

猫は犬と違い、お腹が空いたらいつかは食べる
というわけにはいかない。
長い間食べずにいると
食べなくなってしまうことが往々にしてある。
我が家の猫は、根本の病気は違うものの
食べないことの為にチューブをつけた猫は他にもいる。

ところで、グレムリン猫となった又三郎くん。
2日目で元の又三郎くん、ギズモ猫に返り咲いてくれた。

これでようやく我が家は安泰だ…
???
ダメだダメだ毛布を食べる猫に、安泰は…ない…し…

ましてうちには、
横になって寝てる格好のまま虚ろに目を開けて
さっきからずっと悩める犬がいる。
もう30分は動いていないよ。
気持ち悪い。

2012年2月5日日曜日

強制給餌

この度は日本猫の又三郎くん。
どうやらストレスが原因で体調を崩しました。

車のボンネットの中で発見され、
へその緒もまだ生々しい産まれて数時間後には
私の手の平にいた又三郎くん。
思えば子猫の時もカテーテルでミルクをあげて育てました。
あれから早いもので、もう13年になります。
病気どころか下痢一つしなかったのに
初めての体調不良です。

どうやら三週間近く同じくお留守番だった犬が
ずっと一緒にいたことがストレスだったのか
ずっと一緒だった犬が出勤するようになって
お留守番が一人になったことがストレスだったのかはわかりませんし、
カレはカレなりに、もっと哲学的な悩みから
ストレスに陥ったのだと主張するかもしれませんが
体調がイマイチの食欲皆無に陥ったのでした。

最悪なことに、私の方の不調と重なったために
可哀想なことにカレは4日ほどの入院となり、
屈辱的悲壮感を漂わせながら、
胃まで延びたカテーテルを鼻から入れた状態で
帰って来ました。
それから1週間程
この鼻のチューブから流動食やお水をポンプで入れていたのですが
昨晩サークルに顔面を押し付けてスリスリしていて
その結果抜け気味となったカテーテルとも
エリザベスカラーとも決別するに至りました。

あれやこれやの食事にもあまり興味を示さない為
まだ時期は早いのではないかと不安だった私を尻目に
いかにも病猫であったはずのカレが
瞬間的に、変身とも進化とも脱皮とも言える位に
グレムリン猫に変貌したのでした。

あぁ 又三郎くん。
あの穏やかだった又三郎くん。
鼻からチューブがスルッと抜けた瞬間
一体キミは何を思ったのだろうか?

2012年2月3日金曜日

後の祭り。

熱が出てから、どうも味覚がおかしい。
甘いものは甘過ぎ、甘くないものまでが甘い。
食事が全て甘いのは辛い。

そんなだから、珍しく食欲がない。
これを機に胃が小さくなれば好都合だけれど
恐らく、だらしなくビヨーンと伸びてダランとしているだけで
その容量が簡単に変わるわけはない。

とかなんとか、ここまでを一昨日に書いたのだけれど
その日の夕方、少し食べる気持ちになったので
犬の寝ている間に横でゴソゴソと
サンドイッチを食べた。
久しぶりに美味しいと思えたものだから
これは起きてしまう前に食べきってやろうと勝負にでたら
あっさりと勝ってしまって
鼻をひくつかせて突然起きた犬だったが
どこをどう探しても見つけることができず
私は素知らぬ顔を通していた。
考えてみればいつ何時、何かを食べ始めるかもしれない私に
犬は寝ている時でさえ嗅覚だけは
起きた状態にしていたのだろうと思うと、
ここ数日の私に油断していたに違いない。
ヘヘーンの気分だった。

しかしこの大人げなく意地汚い根性がいけなかった。
食欲に火がついた。
味覚は相変わらずのままなのに
そんなものはどうだっていいらしい。

犬にも分け与え、
美味しいねぇと微笑みあってさえいれば
こんなだらしない胃袋に
私は支配されずに済んだものを。

狂喜乱舞の胃袋に私自身は後の祭り。

2012年1月22日日曜日

弱り目に祟り目+憂き目

ぎっくり腰が徐々に良くなり
杖も必要が無くなって
ちょっとした出っ張りに頼ることも無く
自分の力だけで立ったり座ったりが出来るようになった
そんな私が風邪を引いた。
あまりの痛さに
身も心も弱っていた為
すきだらけだったに違いない。
熱も出たのだが
咳が出た。
横になっている時の咳は
もろに、腰にくる。
案の定、朝起き上がることができずにいた。
トイレに行きたくなかったのは
不幸中の幸いだった。
くしゃみをする時には両膝に手をつくとか
どこかで支えるとか聞くので
そうはしているのだが
寝ている時の咳について
どう対処すべきか
全く良い方法が見つからない。
ただ、横向きのお腹部分に犬を寝かせて
咳の瞬間抱きしめると体勢が動きにくいかもしれない
と、うっすら思いついてはいるのだが
頼る相手がうちの犬とあっては
その瞬間、必ずどこかに行くに違いない。

弱り目に祟り目のあとで
そんな憂き目にまで会いたくは無し。
(熱あるわりにはイケテルと思うのは熱のせいね。)

2012年1月17日火曜日

お家が決まりました。

劣悪な環境にいたコたち。
足の筋肉が弱く、パッドが腫れて
可哀想なことになっていました。
でも、幸いなことに
皮膚病はなく
年齢も若かった為に
大きな問題を抱えてはいないようです。

甘えてくれる仕草が愛おしく、
幸せにならないといけないコたちです。

今日で全てのコたちのシャンプーが終わりました。

そして、お陰様でどのコにも家族が決まりました。

今までの分も
甘えさせて貰って
うんと
うんとしあわせになって貰いたいと
切に切に願うばかりです。

2012年1月15日日曜日

主婦犬

殆どの場合、私とは絶妙な距離感でいるうちの犬。
私のことを冷静に、客観的に観察し、
必要な時にはスキンシップをはかってくる。
その辺が私より上手い。
どこかに職はないものだろうか。

そして、主人が大阪に戻って来た。
帰る度に同じことの繰り返しなのだが
犬は女性に変身する。
いつものように主人の帰宅後も助手席は犬の定位置。
運転を主人にお任せすると
空いているのは後部座席のみ。
犬に代わってと言ったところで無視されるのがおち。

今回も主人にべったり寄り添った犬は
そのままの姿勢で
私の方をチラ~見する。

毎度のやらしい目。

最初、それがどういうヤキモチを焼いて欲しいのか
わからなかった。
私にもべったりして欲しいと言わせたいともとれたのだが
今となっては明々白々。
私がどうのこうのなんて全然眼中にない。

はいはい、あなたの旦那様でございますとも。

そうそうお仕事、
主婦のお仕事、頑張って下さいなオ・ク・サ・マ。

2012年1月14日土曜日

びっくりの挙句の願いごと。

メイちゃんをお迎えに行って車を停めたら、
男の人とお散歩している柴犬くんが通りかかった。

目が会ったので柴犬くんにニコッ。

すると、「 腰は治った? 」と声をかけられた。

いくら何だって、声の主は男の人よ。

一瞬、何で知ってはるのかとびっくりした。

この界隈でひょっとして私、有名人になってるぅ~?

真っ先に思うことがこんなんですよ私。

次に浮かんだのが
すごい格好して歩いていたところの目撃者説。

冷静にそこに落ち着かせようとしていた矢先、
ココちゃんちのお父さんだとわかった。

目撃者にしても、私を見覚えているかっていう話で
冷静でもなんでもない。
しかし、想像を膨らませていた私にとっては
呆気ないとも言える幕切れだった。

ぎっくり腰もさることながら
一瞬にせよ一気に有名人説を浮上させ、
自意識過剰を極めた私が
恥ずかしいことこの上ない。

「 あ~っ! ご迷惑をおかけしました。
お陰様で大分良くなりました。
あっ、今年も宜しくお願い致します。」

「 それは良かった。気をつけて。こちらこそよろしく 」
と仰って頂き、通り過ぎて行かれた。

本日、初対面の柴犬くんはというと
しばらくしてやっぱり振り返った。
その顔
見透かされてる感じがする………。(ーー;)

びっくり顏に妙な自慢気が混ざってはいませんように。
そして何卒、お父さんに見透かされていませんように。

心ならずもこれが、今年初の私のお願いごとになりました。

もっと違うのいっぱいあるのに…。

犬のガシガシ

ガシガシとは寝床の毛布を
あーでもないこーでもないと
あっちこっちに動かしている時の音です。

私は見るからにして寝心地良さそうに
すっきりこの上ない状態で
さっ どうぞとベッドメーキングをしているわけです。
その愛情も虚しく
一瞬のうちにグチャグチャにして
このグチャグチャは違う
あ~このグチャグチャも違うと
ガシガシとかき回し
伸ばしたり折り返したり
ガシガシガシガシした挙句
ようやくのこと満足して寝転がる。
グチャグチャ加減のどこに
満足の完成形があるのかわからない。

しかしまぁ、美意識最低の犬だ。
見るからにして気持ち悪い。
あんなグチャグチャ。
あーいやいや、私はあんなの絶対イヤ。

えっ、どこで寝るの?
結局、何の為のガシガシやったん?

反抗期なん?

2012年1月12日木曜日

変な食べ方。

まだ一度も話題にしたことがないと思うのですが
うちの犬はフードの食べ方にこだわりというか
流儀というものがあります。

フード自体は普通のドライフードで
大きさは中粒です。
そしてそれをざざっと食器に入れている私には
何のこだわりもありません。

そもそも、犬の変な食べ方に気が付いたのは
一切顔を上げずに一心不乱に食べているようで
隙間から見えるフードの量が減っているように見えなかったのが
きっかけです。
それでも全く顔を上げずに口が動いているようなので
奇妙に思って、よくよく観察してみると
フードを口に入れ
拾った反対側の部分に吐き出しているのです。
黙々と少しずつくわえては吐き出す。
そんな風にしてから既にしばらく経っているので
食器にはフードが高く盛られた部分と
もう食器の底が見える部分に分かれていて、
そうこうしている間に半分は底が
見えてくるようになっていました。

これが済むとようやくお食事タイムです。
今度は盛られた所から底の見えている部分に
少しずつフードを崩し、
そして一粒ずつ食べるということをしています。

一粒ずつ食べる為には
周囲に他のフードがあれば邪魔ということです。

案外今までにもそういうコはいましたが
大抵の場合食器の外、床に2、3粒ポロリと吐き出す
というようなことをしていました。

フードも床も汚れないというのは
私にも犬にもお互いに良い選択がなされているわけですが
とにかく、まどろっこしいというのか
よく考えてみれば
ある意味、床に落とすよりも汚いということに
なっているわけです。

それで、一旦食器を斜めにして
フードを片側に寄せてから
あげるようにしているのですが
そうしたら、それはそれで
また厄介なこだわりができてしまいました。

しばらく食器を覗き込み
確実にどのフードを口に入れるか決めてから
食べるという最初の儀式が増えたのです。
それも一歩下がった所に座り、
しゃんとした背筋のままフードを見つめ
そしてそれからググっと頭を下げて
一粒のフードを決めるのに約10秒はかかります。

そんなにして、ようやく決めれたフードを
苦労しながら何度も顔の角度を変えてはそっとくわえ、
またしてようやく底の部分に置いてから食します。
後はどのフードでもいいのです。
とにかく最初が肝心らしいのです。

と言っても、決めたフードのとなりのフードってことも
あるのかもしれませんが
本人驚くほど真剣ですし、
間違いなどないってこともあるのかもです。

しかしまぁ
何であんな張り詰めた雰囲気が出せるのかってことです。
そこが妙に羨ましいんですけど。

家族求む。

ニュースで取り上げられることのある
劣悪な環境にいる犬たち。
いわゆる繁殖目的のみ、
感情などないような扱い方をされている
そんな犬たちがいます。
救出されたコたちを
家族に迎えて下さる方を探しています。

人間と暮らすこととは、
普通に生活することとは、
胸に抱かれる温かさとは
地面を歩くということとは
暖かいベッドとは
愛情とは
どれ一つとして
何一つとして
知らないコたちを
幸せにしてあげたいと思われる方
家族に迎えようと思われる方を探しています。


詳細はお問い合わせ下さい。

2012年1月9日月曜日

トイレに付き合っている時間

おかしなタイトルですが
どういうことかというと私が犬のトイレ、
散歩ではなく犬のトイレに要する時間、
一体どの程度お付き合いしているかという時間です。
はい、今日はヒマにしております。

おおよそではありますが
ざっと計算すると
少なく見積もっても
年間に一週間は排泄待ちをしておりました。
これは最近のことで
大家族であった全盛期、
そしてホテルでお預かりの多い時代を考えると
三週間にはなっていたのではないかと思います。

勿論、これだけの時間を付き合ってきた私ですから
それはもうベテランの域に達しておりまして
どう促せば良いのか、
どういう足場が好みなのか、
視線の合わせ具合から、
どう始末するのかまで
研究に研究を重ね、
大したところまでああしてこうなっているわけです。

《犬の性格と排泄との関係性及びライフスタイルからの考察》
いよいよです。
いよいよああしてこうなって、うっわぁ~~~
*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

2012年1月8日日曜日

危機的状況

カラスが鳴いている。
けたたましく鳴いている。
妙にけたたましいものだから
声の主が何処にいて
何をそんなに鳴く必要があるのだろうと
見上げてみると
近くの電柱にカラスはいた。
大騒ぎの原因はどうやら
その電柱からさほど遠くない電線にいる小鳥らしい。
スズメではない。
大きさも形も何だかちょっと違う。
セキセイインコだ。
うっわ 狙ってるってこと?
ドキドキしだした私をよそに
当のインコはそれが恐ろしい相手で
どんな運命が待ち構えているとも知らないで
楽しそうに飛びまわっている。

ハラハラ見つめる私の首の角度は約60度。
自然口が開かないとしたらおかしいだろう。

結局、インコのことをどう思ったのか
カラスは何処かへ飛んでいった。
カラスの視界に私が入っていたのだろうか。

どこかのお家から
出てしまったのだろうインコのことを考えると
ここは一つ家に来ないかと
そんなつもりで高く腕を伸ばしてみた。
勿論、ここに舞い降りておいでというつもりだ。

仁王立ちのおばさんが60度上向き、口半開きで腕を高く上げている。
そんな私を近くで見つめる子供がいた。
子供も60度上向き、口半開き。
子供に視線を向けると
子供の目には様々な感情が渦巻いているようだった。
子供に怪しいものではないと証明するつもりで
ほらインコがねっと指差す先では
すでに電線だけが揺れていた。

子供は走り去った。

危機的状況なのは私だけ。

2012年1月7日土曜日

一年の計は元旦に無しということで…

祖母と一緒に暮らしていた私は
古くからの風習を子供なりに大切にしてきた。
母もしっかりと受け継いでいる人だったので
祖母亡き後も変わることはなかった。
母の後を引き継ぎ、同じように頑張っていたものの
仕事との両立は私には至難の技で
こと年末年始にいたっては
悲惨、悲壮のなにものでもない。

思えば除夜の鐘の中、
新しい年を迎えたと同時に
新しい人間に生まれ変わることができると信じ
一から始めるつもりで心清らかな言動を
心掛けていた。
歳をとる度にどんどん新しい私期間は短縮され
今となっては
どうにもこうにも
どうあがこうと新しい私など
イリュージョンなみにあっという間に消滅する。
もってせいぜい三ヶ日。

そして今年。
とうとう年明けの瞬間も
元旦の朝も
一瞬たりとも新しい私は存在しなかった。

このぎっくり腰とどう折り合いをつけて
仕事をこなしていくかに全神経をもっていかれた私の
一年の計が元旦にあるならば
どう起き上がるかが最大のテーマ。

しかし、何か妙に説得力あるのよね。

2012年1月5日木曜日

求ム 友達

コインパーキングを出る時に
駐車券を指示された通りに入れたら
この駐車券は使えませんと
はっきりきっぱり機械に言われた。
びっくりだ。
使えないわけがない。
だってこの駐車券は向こう側の仲間の機械が
私にくれたものに間違いないもの。
ウソーッ だってこれくれたやんと言いながら
もう一度入れてみると
さっきのことは無かったかのように
サービス券か表示されている金額云々と
使えないと言ったことなど無かったかのように
先を急ぐ。
ほら、でしょう?
ごめんなさいでしょう?
と言ったら、
助手席にいた従妹が
私は機械とは喋れへんわ。と言う。
機械でそんなやったら人だとすごい文句言うの?
なんて聞いてくる。
人だったら、せいぜいびっくりしたくらいしか言わないと思う。
と答え、
機械が何であんなミスする?とか言ったけど
確かに私、コインパーキングの声とか
機械から発せられる声に
正直応えることが多い気がする。
はい、有難う。とか
わかってるから何回も言わんといて。とか
声が大きい。とか
はいはいわかっていますって。とか

これって、ちょっとどうよ?の感じ?


友達………つくろ……………………(^_^;)

2012年1月3日火曜日

再認識

二度目のぎっくり腰の翌日から
私の相棒犬ディーフは家でお留守番を
余儀なくされている。
ただ事でない空気を察知したのか
単に私の動きがキモコワイのか
身体の上に倒れこんでも嫌な顔一つせずに
もたれさせてくれる。
本当は優しいコなんだ。
小声でさえ、何か言うとすぐに従ってくれる。
本当は聞こえていたんだ。
家に帰ると公表するのははばかられるような
イタズラをしている。
本当はいくつになるんだ。

こうして出会って初めて
別々の所で呼吸して
再認識したことは
本当に変わった犬だということだ。
再認識にはふさわしくない
決定事項の強化に過ぎないけど。

ただ助手席がやたら広く
そのせいで車自体が大きく
空気も多いような
そんな気がする。
でもそれは不必要な空間だ。
空間は小さい方がいい。
空気も薄くていい。
何より私を見つめる不満そうな視線と
何かを確認するかのようなたまの温もりも
無いと私は自由過ぎる。
なんかフワフワして心許無い。
これは認識でも再認識でも何でもないけど。

再認識…
大きな存在
大切
私の中心
まったくもって 変な犬。

2012年1月2日月曜日

迎春

新年明けましておめでとうございます。
今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。


昨年、通常の仕事の合間に準備して参りました新しい試みがございます。
今春いよいよスタート出来るまでにこぎつけました。
人と犬。
本当の家族として
大切な場面に犬も共にあることが自然なのではないか。
そして、思いを形にすることができました。
これを広く認めて頂けますよう
始動致します。

詳細は近日、発表させて頂きます。


ということで
お正月なものでかしこまりましたが
出来上がったパンフレットをここで発表させて頂くのに
どう操作すれば良いかがわからないーーー。
ということで
近日という常套句を使わせて頂いた次第です。

こんな、情けない状態×2 の私が何なんですが

穏やかに健やかに過ごせる一年でありますよう
心よりお祈り申し上げます。